ホワイトデーギフトに入れる自家焙煎のコーヒー豆のサンプルをもってパンタグラフに行った。 今日は午前休業にしているらしく、秋山のバイクがなかった。 作業場のほうのドアから中に入ると、ラッピング中の紺野と、ふらふら歩いている幸村くんがいた。 『あ、沼田さ〜ん☆』 『幸村くん、いつきた?』 『今朝。静岡に用事あったから、ゆうべ実家に泊まって朝一の新幹線で。』 『そうなんだ。なあ紺野、秋山は?』 『秋山さんは打ち合わせに行ったー。式場。』 『結婚式場?』 『そう。でももうすぐ戻るよ。』 そんな会話をしていたら、幸村君が寄ってきた。 『いいにおいですね。コーヒーですか?』 『ああ、うん。煎りたてなんだ。いいにおいだろ?』 『はい。』 『紺野、例のサンプル。飲んでみるか?』 『あ、じゃあ秋山さん戻ったら。』 『そうだな。とりあえずミルかりていいか?全部少しずつ挽いてみるよ。』 『はーい。』 俺はキッチンの方に向かう。すると後から幸村君がついてきた。 『沼田さん。』 『んー?』 『ドレッシング、ヤバかったです。本当においしくて震えました。』 『ああ、作った?』 『はい。ちょっとあれ、また俺の中で殿堂入りですよ。』 『はははは。』 それだけいうと、回れ右して作業場のほうに走っていく幸村君。 俺はコーヒー豆を丁寧に挽いて、用意しておいた瓶につめてから、作業場に戻った。 『沼田さん。』 『んー?』 『ギフトのラッピング案、資料作ったから見てもらっていい?』 『ああ、いいよ。』 俺は紺野に渡された資料に目を通す。 横から幸村くんが、覗いてきたが、興味がわかなかったらしく、また紺野の隣に歩いていった。 『比呂〜。』 『んー?』 『ラッピング楽しい?』 『え?』 『だってずっとやってるから。』 『や、別にだってこれ仕事だからね。俺の。』 『・・・これ、ラッピング教室とかで教えてもらったの?』 『ん?そんなん行ってないけど。』 『だって、すごいじゃん。プロの人みたいに・・・。』 『俺一応これ、仕事でやってるんだけどね。』 『比呂はさー、こういうところに集中力の全てを消費しちゃうタイプなんだろうね。』 『それどういう意味?』淡々と話す二人。俺はくすりと笑いながら、それを聞いていた。 幸村くんは、きょろきょろと周りを見渡すと、紺野の作業用チョークバッグから、 飴を取り出して、食べだした。いつ見ても通常運転だな。彼は。 当然、紺野に『これ食べていい?』なんて許可とったりしない。 『ねえ・・この包装紙、綺麗だね。』 『ああ、うん。』 『比呂が選んだの?』 『・・・そう。』 『じゃあ俺が一枚持っててもいい?』 『・・・・・は?』 『・・・・・。』 『・・・・・・・ああ、いいよ。』 『このリボンも綺麗。ちょっと切ってみて?』 『・・・・・・・・・・・。』 適当な流さで、パチンとリボンを切ってやる紺野。 幸村くんは、うれしそうな表情で、『ありがとう。』とつぶやいた。 『じゃあ俺が持ってるね。』 『ああ・・うん。』 それからもずっと、幸村くんは、紺野に話しかけ続ける。 窓についた水滴の数さえも話題にするような子だから、話のネタに困ることなんかないんだろうな。 笑顔で話しかける幸村くんの話を、仕事の手を止めないまま、黙って聞いている紺野。 時々、ふふっと笑っては、相槌を短く打つ。 そして、その相槌がうれしいから、幸村くんはもっと笑うのだ。 ラッピング用のリボンと、包装紙。 そんなものを持ってうれしそうに笑っている幸村君。 それらを持ってる意味が俺には全然わからないんだけど、 まあそういうとこが、幸村くんらしいとこなんだろうな。 話に夢中になってるから、持ってるリボンはぐちゃっとなってるし、包装紙もしわだらけ。 でも紺野は何も怒らない。話に夢中になって、ナイフのそばに幸村くんが手を置こうとした時も、 すっとナイフを自分側に寄せて、黙って話を聞いていた。 お似合いだと、本当に思う。 それからしばらくして、花束や多肉植物のギフトセットを作り終えた紺野。 ただそばにいて、話をしていただけなのに、『終わった〜!疲れた〜!』といって 大きく伸びをする幸村くん。 すると、紺野が作業台の上に残った花を綺麗に束ねて、『那央。』といった。 一瞬紺野をじ・・っとみて、幸村くんは、手に持っていたリボンと包装紙を紺野に渡す。 紺野は包装紙を花束に巻きつけ、器用にリボンを結び、 『はい。』といって、それを幸村君に渡すと、作業台の上の 鋏やナイフを片付けて、落ちた葉や茎を集め、新聞紙に包む。 そのそばで幸村くんは、花束を大事そうに抱えながら 何度も何度も『ありがとう。』といっていて そのたびに、紺野が笑顔でうなずくのだ。 |
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(`・ω・´)さん、どうもありがとうございました。 |