2006/7/16 (Sun.) 08:59:14

私の彼は美容師で、日々忙しく働いている。
なかなかゆっくりあえないけれど、ちょくちょく顔を見に来てくれる。
私は福祉関係の仕事をしていて、それは簡単な職業ではないけど
彼の頑張っている姿を見ると、私も負けられないと思うのだ。



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仕事帰りに、彼にメールをする。
《今日は何時に終わりますか?≫そんなありきたりな文章を。
そうして会社の近所の喫茶店に入り、ミルクティーを頼んで、外を眺める。
30分ほどすると、メールがかえってきて
《今日は遅い。ごめん。》たったそれだけ。よっぽど仕事が忙しいんだと思う。

喫茶店を出て、家路に着く。
台所に行き、冷蔵庫を開けようとすると、
壁に貼ってある彼との写真が目にはいる。
中学生の時にとった二人で笑ってる写真が。


残り物で食事を済ませて、お風呂に入って、洗濯をする。
明日の出勤の準備をして、ぼんやりしてて、寝ようと思ったけどなんとなく
携帯電話が気になって、画面を見てみたらメールが来ていた。

《なに?なんかあった?今終わった。ちょっと寄るよ。》

うそ・・・。部屋の時計を見たら23時をまわっていた。
メールがきたのは22時40分。

え?え?うそうそー!
頭の中で混乱をしていたら、携帯がなってメールが来た。

《ついた。》

佐藤君だ!
私はあわてて玄関を開ける。すると佐藤君が立っていた。

『いきなりあけちゃ駄目だっていつもいってるじゃん!無用心だろっ。』
佐藤君は、真っ赤な髪で、めがねをしていてなんだかかわいい。

『どうしたの?その髪。』手話で彼にそういうと、
彼は、不安そうな顔をして『やっぱ似合わない??』といった。

私は彼を部屋に招く。彼は車の鍵を手に持ったまま、私をぎゅうっと抱きしめた。
大好き。私より大きな体。
彼に抱きしめてもらうと私は、心の底から安心をしてしまう。

『ふみちゃん。なんかあった?』

彼が、私のこめかみに、ちゅっとしながらそうきいてくる。
私は首を横に振る。『ほんとかー?』と、佐藤君が疑う。
だから私は、にっこりわらって、『ほんとう。』と、口の動きだけで彼にそういった。

でも佐藤君は、にこりともしない。

私は、彼の頬を撫でて、『本当に何もない。』と手話で伝える。でも全然信じてないみたい。

・・こういうところ・・
中学生の頃から全然変わってないなあ・・・。

私は、彼に口づけをする。
『おとは』と、声は出ないけど彼の名前を呼ぶ。
すると佐藤君は、ふう・・ってため息を漏らして
『ふみちゃん。』といって私を抱きしめるのだ。


私と佐藤君は、長い間付き合ってきたけど、喧嘩らしい喧嘩をしたことがない。
佐藤君を嫌いになったことが一度もない。
いつも佐藤君は、一番一番好きな人で、何年たっても変わらない。

それはきっと、私達が、いわゆる健常者の人よりも
声に頼ることなく、相手の目や仕草を見て、
思いや悩みを汲み取って、話をしているからだと思う。
余所見をしてたら、彼は私の言葉を受け取れない・・・
面倒な思いさせて本当にごめんね?っておもうのだけど。

そんな彼だから、私のちょっとした変化にすぐに気がついてしまう。
私自身にとっては些細なことで、佐藤君に話すようなことでもないから黙っているんだけど、
彼は私がつらい悩みを、彼に隠しているんじゃないかと誤解する。
それで一人で不安になって、今日みたいに落ち込んでしまうのだ。


何年も何年も・・私は彼に大事にされ、
一度は別れてしまったけど、再会できたらまた以前と変わらず
佐藤君は私を大事にしてくれて、守ってくれて
同い年なのに・・私達は・・同い年なのに佐藤君ばかりが

声が出るからとか、男だからとか、そういう理由で私の数倍も、
無理して頑張ってくれるのがうれしい。

ごめんね。そんなことを嬉しがって。
本当にごめんね?佐藤君。




私の肩に顔をうずめながら、ぎゅうっと私を抱きしめていた佐藤君が
ぽつりぽつりと・・今日一日の話をしてくれる。

『今日は・・初めてのお客さんが来て・・・』
私は目を閉じて想像をする。私の場所からは見えないところで
頑張っている佐藤君の姿を。



佐藤君の名前が好き。音羽という名前が大好き。
私は声が出せなくて、自分の音を奏でられないけれど
佐藤君は名前の中に音があり、その音には羽がついていて
私の世界を優しい音で埋め尽くしてくれてるんだと思う。

佐藤君、私はね、
ずっと佐藤君だけが好きだよ。
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