Date 2006 ・ 10 ・ 23

大好きだ

放課後、部活前。比呂が俺の肩を叩いて『どしたのお前?』と真顔で俺に言う。
『別に。何もしてないよ。』俺は、真面目にそう答えた。比呂に叩かれた肩は、鉄も溶けるほどに熱かったけど。

今日一日、俺は普通だったと思う。たいした悩みもない。嫌だった事もなにひとつない。
だけど比呂は、そんな俺の何かを見て、何かを感じ、心配してくれたらしい。
『バイト休みだろ?塾も今日はないよな。飯食いにいこう。な。』
大好きな俺の王子様は、そういうと体育館への道を、颯爽と歩いていくのだった。

部活中、俺は気が気じゃない。比呂が触れた肩はまだ熱くて
約束事が出来ただけで、世界の色彩がまるで違った。
わけのわからない理由で俺を飯に誘ってくれた比呂。いつもみたく、屈託なく笑わない。
休憩時間に俺のほうに来て、心配そうな顔でまた言った。『大丈夫?お前。』

********

部活が終わって、約束どおり飯を食いに行くことにした。
『カラオケいきたい』と打診したら『お前が大丈夫ならいいよ。』という。
大丈夫もなにも、俺は全然平気なんだけど。変なこと言うなあ・・・比呂は。

カラオケ屋いったら、ちょうど激混みで1時間待ちだから、とりあえず飯食いに行くことにした。

時間があんまないんで、マックでぐだぐだ時間をつぶす。
俺が、がつがつ飯を食ったら、比呂はちょっと安心したみたい。
俺のほっぺに付いたケチャップを、親指でぐいっとぬぐってくれた。
それをペロッてなめた比呂は、ふふっと笑ってトレイを持ち、ゴミを捨ててくれて
『そろそろ時間だな。いこうよ。』と、俺の手を引っ張って立たせてくれた。

俺をぐいっとひっぱった比呂の手の握力が、俺の心臓までわしづかみにする。


カラオケ屋に行くと、ちょうど一部屋空いたところで、そこに2人で入って、
俺は先に座った比呂のとなりに、寄り添うようにして座った。

『人口密度・・』と、紺野が怪訝な顔つきで言ったけど無視。だって、そばにいたい。密室だしな。


『何うたうー?モームス?』と、比呂が言う。俺は、
『えー・・どうしようかな・・。』といいながら、タイトルリストをペラペラめくった。

あれ?

あんなにカラオケきたかったのに、歌いたい曲が一曲もない。
なんでだろ。ここのカラオケ屋、俺の好き曲いっぱいあんのに・・。なんで?・・・・あれー?

『なんかあったの?まじで。・・お前本当は、なんかあったんだろ。』


比呂がまた、そんな妙な事をいう。
俺は、はあ?って顔をして『なんにもねえよ。』って笑った。

そしたら目から、ぼろぼろと涙が出て、そしたらもう何の言葉もでやしない。


なんだ俺・・・。頭はこんなに冷静で、比呂といられる幸せいっぱいで、泣く理由なんかねえのに・・・。
比呂は黙って俺を見てる。そしたら俺の口が、勝手に喋った。

『・・塾の成績が・・・10位も下がった・・・。』

え・・。何いってんの俺。そんなの悩んでたわけじゃねえだろ。つかそんなの比呂にいうなよ。

比呂は、それを聞いて、唇をぎゅっとかみ締めた。
そんなに深刻な顔しないでよ。たかだか塾の成績だよ。

『ねえ・・・。』比呂が話し始める。
『俺さ・・やたらといつもさ・・お前遊びに誘っちゃうじゃん。それがまずかったんじゃねえの?』

そんなわけねえじゃん!!

『ちがうよっ。ちがう。違うんだけど、なんか今回は・・なんか・・。』
『成績落ちた理由、わかんねーの?』
『・・・・』
『・・・・。』
『・・勉強が・・手につかない時期が、ちょっとあって。』
『・・・悩みとか?』
『・・・・や・・・。わかんないけど・・。』
『・・・・。』
『でも俺こんな泣くほど、ショック受けてないよ。なのになんでか、今泣いちゃってる・・ごめん。』

比呂はちょっと黙ったあとに、俺のことを見ていった。

『お前、今日一日、何度も何度もため息ついてたよ。』

『本当?』
『本当。』
『うそ・・。気がつかなかった・・・。』


俺も、俺の周囲の人間も、誰もそれに気がつかなかった・・・。
自分でも気づいてなかった心の傷。

『お前、めったにため息つかないから、おかしいなあって思ったんだ。
そうかー・・塾の成績の事だったのか・・。そうかー・・。』
『・・・。』
『・・・なんていえばいいかさ・・わかんねーけどさ。
でもほら、でちゃった結果は、どーにもなんねーじゃん。
今回の反省を次に生かそうぜ・・。』

必死に冷静であろうとしてくれる比呂の優しさがすごくうれしい。

『・・ありがとう。』
『いやいやいや。いやね、俺もさ、今回国語2だったわけよ。』
『(2?!!!)』
『塾の成績もあれだけど、学校の成績って結構重要だと思うんだよねー(遠い目)。
それで驚愕の2をとった俺は、後期頑張って3を目指すよ。』

10段階の3を目指すのか・・・

志が低すぎやしないか



なんかさ・・そんなふうにして、お互い勉強頑張ろうよって話になって、
ミニモニ(ふりつき)歌って、色々歌って、
バンプの『fire sign』歌ったら、なんか妙に感動して、またすげえ泣けてきた。

俺、全国でも結構有名な塾に通ってて、入ってからずっと一番だったんだ。
でも、ちょっと恋に溺れてたら、あっというまに追い抜かれたよ。
俺の後ろにいた奴らが、あっという間に俺を抜いていった。

だけどさ、それでも全国では上のほうなんだ。そんなの悩むなんて、なんか嫌味じゃね?
そんなの相談できねえじゃん。なんかさ・・・やっぱさ・・。
比呂は・・『今回の反省を次に生かそう』っていってくれたじゃん。
それが嬉しいんだ・・。だってさ・・・昨夜、姉ちゃんに成績のこといったらさ
『あの塾で11位なんて、それでもじゅうぶんすごいじゃん!』っていわれたんだよ。

でも比呂は、そうはいわなかったじゃん。

俺がどんだけ勉強にかけてるか、わかってくれてるんだ。
俺の成績が11位っていうのは、屈辱的なことなんだって、ちゃんとわかってくれてる。

うれしかった・・。もちろん、姉ちゃんの優しさもうれしかったけど、
でもさ、俺は今までこんな風に、ちゃんと俺をわかってくれて
いつもよりちょっと多く、ため息ついてただけでさ、飯に誘ってくれる友達なんかいなかったんだよ。

カラオケで、比呂はいつもより頑張ってくれて、ノドがガラガラになるまで歌ってくれて
店から出たら、小雨がぱらついてた。
『じゃ、またあした。』『うん。ありがとう。またあした。』
そういって俺等は、お互いの帰るべき場所に向かって、自転車を勢いよくこぎはじめた。

俺の自転車の車輪が、道に出来はじめた水溜りを、バシャッと弾き飛ばしていく。
進行方向にある靴屋が、がらがらと音をたてて、シャッターをおろしていた。

比呂と触れた部分、全てがあたたかくて

今の俺なら、空から降る雨粒を体温で一気に気化させて
ちかちかしてる街灯のひかりを、それに乱反射させられる。
・・不可能なことも可能になって、ピンクと黒の虹を作れるかもしれない。

俺はあの黒髪の紺野比呂と、少しでも多く、同じ思い出の中で生きたいんだ。

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