2007/5/9 (Wed.) 16:26:58

昨日、比呂が俺の中学の時の同級生の隈井と喧嘩して、
大怪我して、停学になって・・今日は学校に来ない。

昨日、何度も携帯に電話したけど出なくって
勇気を出して、家に電話したら、おばちゃんが出て
『比呂、入院したのよ。』って教えてくれた。

俺、全身の血の気が引いて、受話器持ったままへたりこむ。
怪我が酷かったから、そのせいなのかと思ったんだけどそうじゃなくって、
心療内科の治療を兼ねて、入院することになったんだって。

病院にいけば会えるかなって思って一人じゃ怖いから小沢を誘う。
去年の夏に比呂が入院していた病院なんだけど、
ドアの前にはおじちゃんがいて、なんか・・すごく深刻そうだった。

俺達に気がついたおじちゃんが、『こんばんわ。』といって近づいてきて
近くのロビーで缶コーヒーをかってもらって、三人で飲みながら話す。

『すまないね。あの子が騒ぎをおこしたみたいで。』
『・・いえ・・。そんな。』
小沢がいう。俺は、すごく情けないんだけど、何言えばいいのかわかんない。

『今、心療内科の診察をしてもらってるんだ。1時間くらいかかると思う。』
『え・・。そんなに?』
『・・夏に・・比呂が入院したよね。』
『はい。』
『あの時一度問診をしてもらったんだけどね・・。』
『・・・はい。』
『そのとき比呂は、問題児だって診察されてね。』
『え・・・?』

問題児?あんなに温厚な比呂が?
『問題児って・・・』小沢が小さな声で聞く。

『比呂はね・・・小さいときに、母親や・・父親の2人から虐待をされていたんだ。』
『・・・え?』
『いや、虐待といっても、・・いわゆる・・育児放棄のようなものなんだけどね・・。』
『・・・。』
『スーパーに置き去りにされたり、病気なのに病院に連れて行ってもらえなかったり・・
音羽・・のことは知ってるかな?』
『ああ・・はい。』

小沢が俺に『音羽って誰?』ときいてきたから『比呂の本当のお父さんだよ。』と教えてやる。

『・・音羽と僕が、職業上どうしても家をあけることが多くてね
2人そろって出張になって一週間家をあけてしまったときがあったんだけどね。』
『はい。』
『帰ってきたら、比呂が自分の部屋で気を失っていて、そばには吐いたような跡があって・・・、
家には誰もいないし・・・慌てて救急車を呼んで、病院に連れて行ったんだけどね。』
『・・・。』

『そしたら薬物中毒だったんだ。本当に・・本当に危険な状態になってね。』
『・・・・。』
『一命を取り留めて、比呂は入院をしたんだけど、音羽に連絡をしてね・・・
比呂の着替えを持ってから、病院にくるようにいったら・・・
近くのデパートで新品のパジャマや下着を買ってきたんだよ。』
『・・・・。』
『一旦家に寄るのがもどかしかったから、途中で買い物をしたんだろうと思ったんだけどね。』
『・・・。』
『その荷物を差し出しながら音羽が泣くんだ。・・・・洗濯してあるものが一つもないって。
冷蔵庫にも何もものがなくて・・・。』
『・・・・。』
『・・・・・台所の・・テーブルの上に・・・。』
『・・・・。』
『薬の空き瓶が転がってたって・・・。』
『・・・・・。』
おじさんは・・一回深呼吸をすると、俺達にむかって、ぼそりといったんだ。

『全部・・オレンジ味とか・・イチゴ味の薬だったんだって。』


小沢がぎゅっと目を閉じた。俺は駄目だ。涙がでてとまらない。
そのとき、小さな比呂は・・、一人で飯も何もない家で留守番をし、腹が減ってどうしようもなくて・・・
甘い味のする薬を、腹の足しにするために食ったんだ・・・。

泣く俺と小沢の肩を、さすりながらおじさんが話す。

『こないだね・・・。比呂が甘い物があまり好きじゃないっていうから、理由を聞いてみたんだ。』
『・・・・。』
『そしたらあの子は、けらけら笑いながら、昔甘いもん食って酷い目にあったからー・・っていったんだよ。』
『・・・・。』
『だから僕はね・・比呂に、甘い薬で中毒起こしたことを覚えてるのか?って聞いたんだ。』
『・・・・。』
『そしたら比呂は、おぼえてるよって。おっくんにすげえ怒られたしって・・。』
『・・・・・。』
『ほんとあのときは、ごめんねーって・・俺に言うんだ。ニコニコしながら。』
『・・・・・。』

『気を使ってるんじゃないんだ。あの子は心の底から笑い事として、その大事をとらえてるんだ。
何の食べ物も用意せずに、子供ひとり置いて遊びまわってた親を責めることもしないで。』
『・・・。』
『なんでもっと大人を責めないのかって・・彼に聞いたこともある。』
『・・・・。』
『だけど比呂は、不思議そうな顔をして・・責める理由が無いっていったんだ。』
『・・・・は?』
『気を使ってるんじゃない。あの子は本当にわかってないんだ。
子供は親に大事にされて、育っていくって言うことを。』
『・・・・・。』

あまりに残酷じゃん・・そんなの。俺は今度こそ何も言えない。
すると小沢が、呆然とした顔で、おじちゃんに問いかける。

『だけど、比呂は俺達に優しいですよ。そんな・・・心に欠陥みたいなものがあるなんて考えられない。
俺は何度も相談に乗ってもらって、何度も助けてもらってきました。あんなに人を大事にできる比呂が・・
自分が大事にされないことに、疑問を持たないなんて・・・そんなの・・・。』

・・・泣いてしまって続きをいえない小沢。おじちゃんは目を細めて、小沢の事を見つめていった。

『・・・知らずに育ったんだ・・・。』
『・・・・?』
『親の愛情を。』
『・・・・・。』

俺は反論する。

『でも、紺野さんや音羽さんは、一生懸命比呂のことを大事にしたじゃないんですか。今だってこんなに大事に・・・』
『・・・・君達は・・ご両親は健在なのかな?』
俺達は2人して頷く。

『思い出はどれくらいある?』
『・・・・。』
『そんなに・・・これといった思い出なんて少ししか・・・・。』
『比呂はね・・・・。』

おじちゃんが立ち上がった。

『比呂はね。僕と一緒に夕方2回ほど散歩に行ったことも覚えている。
音羽と二人きりで過ごしたクリスマスも、母親がたった一度だけ作った弁当のことも。』
『・・・・。』
『トイレのカレンダーが破けて、誰がテープではっただの
・・・何歳の何月に、どのお父さんがキャッチボールしてくれただの・・・。』
『・・・・。』
『夕飯を、みんなで食べたことがあったとか・・・風呂に入ってたら母親が、着替えを持ってきてくれただとか・・・。』
『・・・・。』
『そんなものが比呂にとっては・・特別な思いでなんだよ。』
『・・・・・。』
『君達の・・あたりまえが・・あの子には大切なかけがえのない思い出なんだ・・・。』
『・・・・。』

『比呂は確かに優しい子に育った。アレだけ辛い境遇にいたにも関わらず、
好きな物がたくさんあって、友達もいっぱいいて、とてもいい子に育った。』
『・・・・。』
『でもね、心の傷は確かにあるんだ。それも深くて大きい傷が。』
『・・・・。』

おじちゃんが、もう一度ため息をつく。そして言った。

『医者の先生が・・「君は、自分の小さい頃の境遇を、不幸だと思ったことはないですか?」って比呂に聞いたら
「俺は不幸でもなんでもなかった。でも、俺の親になった人たちは、かわいそうだったと思う。
俺が生まれなきゃ、もっと楽しく毎日を過ごせていただろうし、
確かに寂しい思いはしたけど。でもそれは、俺だったから、そういう目にあったんだとおもう。
もし俺が、俺じゃなくて、他の子だったらこうはならなかった。俺が悪いから、俺はああいう目にあっただけで
親に責任はないとおもう。生まれて悪かったなって思う。」・・って言ったんだって。』
『・・・・・。』
『まるで・・おはようの挨拶をするみたいに、あたりまえの様にいったんだって。』

すると診察室の方で、ガラっとドアが開いたような音がした。
時計を見たら、40分ほど過ぎてる。そんなに話し込んでいたんだ・・・。
ぺたぺたと気の抜けたスリッパの音がして、比呂が廊下を歩いていく。
慌てて後をおったら、比呂が傷だらけの顔で俺を見た。

・・・・酷い・・・。こんなに沢山殴られたの?

『ユッキー・・・。ごめんな。』いきなり謝られてびびる。

『なんで・・そんな・・』
『笑うと痛いから、笑わせないで。無表情でわるいけど、笑うと傷が開くっていわれてるんだ。』
『・・・・診察だったんだって?』
『・・うん。まあ、世間話しただけ。』
『・・・どんな?』
『浅井の話とかー、ハルカさんの話とか・・・あと・・。』
『・・あと?』
『付き合ってる子とかいるのって言われたから、いるって即答・・・いってえ〜!!!!!』

話しながら、デレーっとニヤけた比呂。傷が痛いみたいで廊下に座り込む。・・・ばかっ!

小沢が駆け寄ってきて、比呂に膝蹴りを食らわせた。
『けが人になんてこと!!!』比呂が小沢をみて笑いながらそういう。そんで痛がる。
『心配かける子に、お仕置き!!もう絶対こういうの禁止!』
『・・ごめんなさい(しゅん・・)』

立ち上がった比呂が、後ろから来たおじちゃんに気がつき手を振った。
『終わったー。』『おつかれさーん。』・・・・些細な会話。ほんと些細な。

でもこんな・・会話の一つも比呂にとっては大事な大事な思い出になっているのかもしれない。
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