凍りつくような空気に閉じ込める

24日に比呂が、ケーキとか花とかをこっそりプレゼントしてくれてね。
うれしくってさー・・25日も会う約束してるのにわざわざ来てくれてって言うか
物だけ置き去りにして自分は逃げたんだけどさ・・
それがかわいくて、25日のデートがなおさら楽しみになったんだけど
夜中に電話があってさ・・『横浜いくことになった。』っていわれて
俺、返事もせずにブツって携帯きったら、すぐにまた電話がかかってきてさ

そのとき俺は泣いてて・・だって最後のクリスマスじゃん・・高校最後のクリスマスじゃんっ・・って泣いてたんだけど
電話無視するのがもったいなくて、でたんだ。いちおう。・・そしたら比呂がさ
『一緒に行かない?行きはみんなで行くんだけど、帰りは俺だけで帰ってくるから
1泊できるならお前も横浜・・』っていうんだ。

なんか・・業者の人が、急に一人海外の工事に立ち会うことになっちゃって
仕事の引継ぎとかにクロール側もでないといけなくなったらしくてさ。
どうしても比呂はいかないといけないから、ハルカさんに
『那央つれていきたい』って言ってくれたんだって。そしたら了承してくれたらしくてさ・・・。

『一緒に行きたい。』って俺は言って、25日の朝早くに、店のバンで比呂や秋山さんと一緒にでかけた。
行きは秋山さんが運転してくれて、海老名で飯食ってすごい楽しくて
こんな風な感じのさ・・ほら・・旅行チックな感じってほら・・なかなかあれじゃん?ないじゃん?
それに、秋山さんは俺らが付き合ってること知ってるし、大人だからスゲエ普通に気遣ってくれてさ・・・
『一服してから行くから。紺野、エンジンかけといて。』とかさ、なにかと2人きりにしてくれんの。

人目があるから手は繋げなかったけど、でもその分、沢山目を合わせて、テレながら笑ったりして
心のすみっこがくすぐったかった。

東名降りて、そのうち山道にはいったんだけど、そしたら比呂の携帯にハルカさんから電話が入って
仕事の話だったみたくて、仕入れ関係のことなのかな・・あれ・・。俺には惑星語みたくきこえた。
俺がちょっとバイト行かなかったうちに、比呂はすっかり社会人になっちゃったみたいな感じで、淋しかったけど頼もしかった。

横浜の店は、想像してた感じとは違ったカントリーチックな場所で
店の脇には小さな花壇があって、新築なのにちょっと古いおしゃれ民家?和風じゃないけど・・なんだろう・・・
サボテンの緑色がとても映える日当たりのいいそんなお店だった。

ここに比呂は何度も来て、空を見たり、木々を見ながら、俺に会いたいって思ってくれたんだ。
嬉しくて俺はひたすら見つめる。大好きな人の笑顔や声を思い出さずにいられないような・・・
そんなあたたかい表情の森の中で比呂はこれからこのサボテン屋を営んでいくんだな・・・

心の中で色々な感情がわいてきて泣きたくなる。そしたら比呂が俺の名前を呼んでくれたから
泣き出す寸前、俺は笑顔で比呂のほうをふりかえることができた。

業者さんとの話し合いのとき、俺は二階の居住スペースで転寝をした。
前に比呂が雑魚寝してたとか言ってた時よりも、工事が進んでて
木の床のにおいも落ち着いていて、昭和な感じのガラスがはいった窓の木枠を俺は指でなぞる。

ガラスを通して部屋にはいってくる光はとても綺麗だ。
そんな光に包まれて俺は何時間でも比呂と話をしたいなあ・・・。

ドアを開けて、階段下で話し合っている声を聞く。
時々比呂の声が混じると、俺の心がトクリと動く。
俺と話す比呂の声も好きだけど、他の人と話す比呂の声も好き。
仕事の話をしてるときの比呂の話し声は、
俺の存在を一切消してるような・・そんな・・入り込むスキのないような声。

淋しい気分になってるとき、階段の下から
『那央ー・・昼飯くいにいこー。』って比呂がいつものあの声で俺の名前を呼んだ。

昼ごはんは、前に比呂がいってた魚の美味しい定食やさんで食べた。
業者さんとハルカさんは業者さんの会社で備品チェックをしつつご飯たべるとかいうから
俺と比呂と秋山さんでいった。俺は刺身定食で、秋山さんが煮魚を頼んだ。比呂は西京漬けの焼き魚を頼んで
俺は煮魚も焼き魚も一口ずつ食べさせてもらったんだけど、全部がハンパナイうまさだった。

俺様の刺身は過去食った刺身定食の中で、年間一位を一瞬で獲得した。
マグロもサーモンも口の中でとろけるし、ホタテの刺身もあったんだけど、すっげーあまくて
なんていったら言いの、あの噛みごたえ。堅くねえの、そうじゃねえの。
むしろやわらかいの。でも、ぴっちぴちな新鮮な感じのあの感じ?ん?
ツマまでうまくて、しかも醤油がっ・・醤油がすげえんだよ。

っていうか、醤油もスゲエけどわさびとかさ、あの・・よく伊豆とかの旅館とかで
ほら・・見るようなって言うか・・・田丸屋のわさび漬けのあの絵とかで見るような
あれをすってくれてるんだけど・・甘くて辛くてうまいの。
マグロやサーモンが超アブラのってるじゃん。それに醤油だけでもかなりヤバイんだけど
そこにわさびをのっけると、

あまいわ からいわ とろけるわ



飯は五穀米で、漬物はぬか漬系なんだけど、4種類くらいあるんだぜ?
きゅうりと白菜と大根とあとあの変な茶色いんのう。あ、それと、味噌汁がヤバかった。うますぎた。死んだ。
『熱いから気をつけてねー。』っておじちゃんが出してくれたんだけど、その熱さが最後までキープされてるなぞの汁椀。
味噌のにおいもダシの味も、ちょーーーーーーーーうめえんだ。俺、定食屋ですごした1時間、
比呂や秋山さんと何を話したのか、一切覚えてねえもん。・・あー・・全メニュー一気食いしたい・・。

で、そのあと三人で店の前でバトミントンして遊んで、ハルカさんがもどってきてから、大量の資料と睨めっこして
最初に取り扱うサボテンの品種とかを、じっくりとえらんでいった。
俺はそういうの詳しくないからコーヒー入れたり、比呂のそばに座ったりしてなんとなく話し合いの中にはいった。
比呂はサボテンと多肉植物に、繊細な印象の観葉植物と、あとは野の花チックな花やハーブを、
数点選んでそれに合った棚や店内に飾るポスターとかを探しに街中に出かけた。

店を作るって、やっぱ大変なことなんだなあ・・。金のこともそうだけどさ・・やっぱしさ、素人とプロじゃまるで着眼点が違う。
ただセンスよく・・じゃ駄目なんだね。色々な気質の植物を扱うから、日当たりからなにから細かく注意して、
何もかもを選ばないといけない。『これ、高さはいいけど枠がなー・・』とか、秋山さんとぼそぼそ会話してる比呂。
その隣で俺は、ハルカさんに電卓代わりにされてた。

店に戻った頃にはすっかり日が暮れて、空は夜空。満天の星。横浜って単純に考えても俺ら静岡より都会じゃん?
でもスゲエ綺麗なのね、星空、じいちゃんちがある岩手の空に匹敵する綺麗さで切なくなった。
こんなに綺麗な夜空を・・数ヵ月後の比呂は一人で眺めるんだね。毎日毎日。
早く一緒にくらしたいな。そしたら毎日2人でこの空を眺めたい。

店にもどってからも、色々細かい打ち合わせを三人でしてて、俺は持参したDSで遊んでた。そのうち眠くなったけどガマン。
8時ごろにみんなで『ピザくいたい。』とかいって、宅配ピザ頼んだら、軽トラで運んできたから笑った。
秋山さんが注文ミスったみたくて、2万円分のピザだのケーキが届いてうけた。
たらふく食ったら大人二人がウトウト寝だしてさ。酒飲んだからよっぱらったらしくてさ。そしたら比呂が、黙って俺の肩を叩く。

散歩した。夜空の下。すごくうれしかった。比呂の話の中でしか知らなかった場所に俺たちがいる。
星の灯りが俺たちの影を作って、それをみていると、胸がキュンとなる。比呂の吐く息が白い。俺の吐く息も。
森の木々がつくりだした生まれたての酸素を胸いっぱいに吸って吐く。

『ごめんねー・・。結局横浜・・。』
『ううん。いいよ。っていうか、すごいうれしい。』
『・・・俺も嬉しい。』
『・・・・へへ。』
『俺、いつも一人でこの道を歩いてさ、那央と一緒だったらいいのになって、いっつもおもってた。毎回、ほんとに。』
『えー・・ほんとにー?他の事考えるついでにじゃないのー?』
『違うよ。・・他の事も考えるけど・・ほら、仕事の事でも、家のことでもさ
色々考えるんだけど・・でも綺麗なもの見ると、やっぱ那央に見せたいなっておもうよ。だってすげえだろ、この空。』
『・・・うん。』

椿平も星は綺麗だけど、あそこは森がジャングルだから・・とか
ボソッと言う比呂がおかしくて、おれが笑った声は夜空や森に響く。ぽつんぽつんとある民家。

比呂のことをどうか、よろしくお願いします。

店に戻ったら秋山さんちが復活してて、どぶろくとか飲み出してたから
俺等はそのまま二階に上がって、交代で風呂に入って布団をひいて隣同士で寝た。
カーテンはまだない窓ガラスから、星の光が静かに降り注いだ。
すこしだけうとうととしたとき、『・・・なお・・。』っていう小さなかすれ声。
目を開けたら比呂が布団にはいったまま手を伸ばして自分のバッグをあさっている。
そして、綺麗にラッピングされた箱を、『はい』っていって渡すんだ。

俺はねころんだまま、丁寧にリボンをといて包装紙をはがす。

腕時計だった。比呂とおそろいの・・。
比呂がちょっとまえに同じのをしだしてさ、雑誌とかでもみかけてさ
こっそりオソロにしようとおもったんだけど結構高くってあきらめたんだ。
でも、そんなの話題にあがったことないし・・俺もいつの間にかそんなこと忘れてた。

『・・・これ・・・。』
『・・・うん。お前に。』
『え・・・でも・・・。こんな・・すごいの・・。』
『すごくないよ。でも俺とおそろだよ。』
『うん・・知ってる・・・でも・・。』

比呂も布団に入って寝転んだまま。ゆっくり話をしだす。

『俺のはねー・・おばちゃんが買ってくれたんだ。』
『おばちゃんが?』
『そう。就職祝いとか言って。携帯を時計代わりにしないようにって。』
『・・・・・そっかー・・。』
『俺、これ、スゲエ気に入っててさー。』
『うん。』
『時間をみるのに携帯だすと、聞きたくなっちゃうじゃん。声とか。』
『・・・・・。』
『携帯あけて、お前の顔じゃん?俺。』
『・・・うん。』
『毎回毎回ガマンすんの大変でー。』
『・・・・もー・・。』

比呂はへへってわらう。とてもかわいい。

『で、時計で時間見るっていいかもとかおもってそれから毎日仕事の時とかしてるんだけどさー。』
『たまに学校でもしてるじゃん。』
『うん。そうだけどー。やっぱ時計って時間を見るものじゃんね。』
『・・・え?普通そうじゃん?』
『俺、時計で時間見ても結局携帯あけてお前の顔みんの』

・・・・・・比呂・・。

『那央ちゃん・・』
『・・・・うん。』
『・・受験・・がんばんなよ。』
『・・・・うん。』
『・・時々息抜きで俺と遊んでー・・。』
『・・へへっ・・。』
『お前・・頑張ることたくさんあるけど・・』
『・・・・。』
『・・俺もこんな感じだから・・今までみたく・・・すぐに時間を作れないかも知れないけど・・。』
『・・・・・・・・。』
『その日が無理でも次の日までに時間作って話し聞く。』
『・・・・・。』
『仕事のこととか・・急な家族の用事とか・・どうしてもそれを優先させないと
いけないときって、これから色々でてくるかとおもうんだけど・・。』
『・・・うん。』
『お前を軽く見てるとか・・そういうんじゃなくって・・』
『・・・・うん・・。わかるよ。わかってる。』
『・・・・那央は大事な人だから、俺の自由に使える時間を
一番最初にお前のために使うから・・』
『・・・・・。』
『那央も・・もしたまに・・自分の自由に使える時間が出来る様な時があったらー』
『・・・・・。』
『俺の話を聞いて欲しいよ。支えて欲しい。』
『・・・・・うん。』

話をしている間・・・俺の腕で・・時計は静かに時を刻んだ。

キスすることすら忘れるほど・・心が深く絡まりあって、違う布団で寝ているのに・・比呂のぬくもりはしっかり俺のそばにある。
・・そんな気がした。シン・・・と凍りつくような寒い部屋の空気に俺はその記憶を逃さず閉じ込める。
今日、朝飯を食ってから、比呂の運転で静岡に帰ってきた。
比呂は運転がすごく上手で、バックで駐車場に入れるときの、あの仕草がいまも頭から離れない。
店の倉庫脇に車をとめて、そこから歩いて家まで帰った。

俺たちにとって、まだ二回目。恋人になってすごしたクリスマスは、まだたったの二回だけ。
これからどんどん重ねていけたらいい。想い出も・・なにもかもを。

2008/12/27(土) 00:02:01
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