朝5時ごろ、小沢から電話が来た。 紺野が自殺未遂を起こしたとかで、病院にいるという内容だった。
俺は、あわてて部屋をでる、玄関を靴も履かず飛び出そうとして、 そこで兄ちゃんに、腕を掴まれる。

『那央・・どうしたんだ。』

事情を説明したら兄ちゃんが、俺を病院に連れて行ってくれるという。
混乱している俺に向かって『とりあえずお前は、服を着替えて来い。』といった。
言われた事をこなすことしか、できない俺は部屋にいき、服を着て携帯を持ち、 兄ちゃんの車に乗り込んだ。

病院にいくと、救急外来の入り口で小沢が待っていてくれた。 小沢に案内してもらって比呂の病室にむかう。
そこは個室で、廊下には先生や麦や浅井がいた。 浅井は体育座りで小さくなりながら、ぐずぐずと泣いていて
麦は憔悴しきった様子で、イスに座って雨宮先生に肩を抱きかかえられた状態で眠っていた。
小沢が、俺の肩をたたいて、来た道を戻ってエレベーター前のホールで俺に説明をする。

『比呂、家で倒れてたんだって。・・約束の時間に電話来ないのを心配した麦が家にいってさ・・
階段でぶっ倒れてた比呂をみつけて・・で、浅井呼んで病院に運んだんだって・・・。』
『・・・・。』
『風邪薬をね・・すげえ飲んでてさ・・ほとんど致死量だったみたいで・・。』
俺はぎゅっと目を閉じる。背筋に寒気がはしって、体が震えてくのがわかった。
『発見早かったし・・すぐに胃洗浄したから・・とりあえず命は大丈夫。』
比呂の病室からおじちゃんがでてきたらしく、廊下の向こうからこっちを見て頭を下げたから、
兄ちゃんが俺の肩をたたいて、おじさんのほうに向かっていった。

小沢は歩いていく兄ちゃんの背中に視線を向けたまま、 俺に話を続けた。
『・・薬の飲みすぎだったからさ・・自殺しようとしたんじゃないかって・・ みんなですげえ・・
すげえあれでさ・・ 何で比呂がそんなって・・何考えても全然わかんなくてさ・・・。』
小沢の話し声が涙混じりになる。

『でもさ・・、お前に電話してすぐにさ・・麦が自分の携帯を見てさ・・
比呂からメールが入ってるのに気がついたんだ・・。 そしたらさ・・比呂・・・。』
小沢がついに、本泣きし始める。 俺も涙がでてきて、小沢の背中をさすりながら黙っていた。

『ごめん・・・調子悪いから今日は・・寝る・・。 風邪みたいだから、薬飲んで寝る・・。
・・話は・・明日・・・学校で・・話すって・・・。』

俺の体中の水分が、一気に涙にかわってしまった。 出る場所の無い涙が体中にあふれて溺れ死にそうだった。

バカか・・・。 バカ比呂・・。 ほんとにあいつはばかだ・・・。
風邪治そうとして薬のんでんのに、何で死にそうになってんだよ・・。

『それで・・、それ読んだら・・麦が・・か・・過呼吸になっちゃって
さっきまでナースセンターで治療してもらってたんだ・・。』
麦のあの疲れきった様な・・あの顔が目に浮かんで泣けてきた。
事情を聞いて、いきさつを把握できた俺は、小沢と一緒に病室の前に戻った。

さっきまでうずくまって泣いていた浅井が立っていて、俺を見た。
『ユッキー・・・。』
口を開けば泣いてしまいそうな浅井。俺はこくりと頷いた。
麦の正面にしゃがんで俺は、『麦・・。』と小さな声で名前を呼ぶ。
麦は、うっすら目を開けて、『・・よお・・。』っといったあと、鼻で笑った。 腕とかすげえあざだらけだ。

『どしたの?』ときくと、 『・・紺野の部屋に布団とりにいったり・・・あいつを車に運ぶ時・・
なんか・・混乱しちゃって・・あちこちぶつけちゃったみてえ。』 という。

『痛い?』と俺があざを撫でると、麦は無言で首を横に振った。

『ったくばかだよ・・。紺野は・・・。』
そういう麦の声が震えてる。

一番最初に比呂を見つけた麦や、浅井たちは、どんなにびっくりしただろう・・。
特に麦はたった一人で、比呂を助けようと必死だったんだ。

俺だったら・・きっとその場で・・パニックになってなにもできなかっただろう。

病室から俺の兄ちゃんがでてきた。
『紺野君、意識戻ったよ。』
そういうとみんなを病室に招いた。

ベッドの上の比呂は、顔色がすごく悪くて
デコのあたりにはあざがあって、ぼんやりとした顔で窓の外を見ていた。

『比呂。』俺は声をかける。 するとゆっくり俺のほうを比呂が向く。
そして麦や浅井や小沢や先生のほうをみつめると、 そのままふうっと、眠ってしまった。

頭のあざは、倒れたときにどこかにぶつけたものらしい。

帰りの車の中で、俺は兄ちゃんに話を聞いた。
紺野は・・薬は多く飲めば飲むほど効くものなんだと思ってて・・
だから前にも、鎮痛剤だかで医者に運ばれたことがあったんだって・・。

で、今回飲んだ薬は風邪薬なんだけど・・
鎮痛剤より弱い薬だから、いっぱい飲んじゃったんじゃないかって・・・。

『麦くんが・・救急車を呼ばなかったのは、紺野君の家庭事情が ちょっと普通とは違うから、
大騒ぎになったら紺野君たちが光が丘にいられなくなると思ったからなんだって・・』
・・そういいながら兄ちゃんがちょっと泣く。
車のワイパーが、強まってきた雨を弾き飛ばしていき、 俺は、窓の外をぼんやり眺めた。


帰り際。
雨宮先生が、他のやつらには言わないようにって、俺らみんなに口止めをした。
浅井の父さんが機転を利かせて、浅井んちの担任に電話する時に
紺野の容態とかあまりいわないでおいてくれたから
一部の先生を除いて、今回の事は 先生らにも伏せておくからといってくれた。

せまい町だ。椿平に比べりゃ、比にならないほど広いし人口も多いけど。
でも比呂みたいなやつらの噂は、たちまち広まってしまう。

だから俺達は学校にいき、普通に半日授業をこなす。 何事も無かったように、日常をこなす。
雨がひどいし警報でてるから、部活は休みだし・・。とりあえず半日がんばろう。


学校帰りに病院に寄った時、比呂が普通に喋れたらいいと思う。
小沢が、いつもの小沢だったらいい。
浅井が浅井らしく、げらげら笑っていてくれたらいい。
麦の腕の痛々しいあざが、早く消えてくれたらいいと願った。


Post at 08:33
NEXT