僕の彼。

今日は、クラブがあった。比呂は観察クラブにいって 俺は相変わらず将棋。

教室の壁一枚隔てた向こうで、自分の彼氏が何やってんのか気になって仕方がない。
たまに、あの、なんも考えてないような笑い声が、ケラケラと聞こえてきて、
ああ・・笑ってるなーって、思いながら俺はにんまりとする。

へへ。

クラブが終わってすぐに、隣の教室に行くと、比呂がなんか一生懸命やってるから、そっと近づく。
それは、なんかの花の分解だった。花びらと、めしべとおしべと・・
とにかくそういうのを、丁寧に分解して並べていた。

『何の観察なのこれ。』 俺が比呂に聞くと、そばにいた先輩が
『花の構造・・かな。』 って比呂のかわりにこたえてくれた。

結局それらは窓を開けた時に、風に飛ばされて、散らばっちゃったんだけど。

『残念だったね。』 部室に向かう途中の廊下で、俺は比呂に声をかけた。
比呂は、はははって笑って、そんで黙って頷いた。
渡り廊下を通る途中に自販機があって、そこにこの時期にはおしるこがあるんだけど、
それを見たとき比呂が 『思いだしちゃうね。』なんて言って、照れ笑いなんかするんだよ。

初めて比呂からされたちゅうは、色々な記憶とリンクしていて事あるごとに思い出す。
自販機や、おしるこや、遊園地や、電車や公園・・。
光が丘は今日も風が強く、だけど澄み切った冬の空は、
青でも白でも透明でもなく、自由の象徴のような色だった。
隣を歩く比呂の、何てことない話を聞きながら、俺は、少しだけ感傷に浸っていたよ。

今は、お前はそばにいるじゃん。 だから、いつも俺はさあ、お前との記憶を生産できてんの。

色彩の濃い記憶をたくさん、心の壁面に刻み付けてる。
この贅沢な状況で、きっと小さな幸せは見逃してるなあ。
すれ違う時におこった風すらも、大事に大事に心にしまっておいたことだってあったのに。
今ではそういう小さな幸せに、俺は鈍感になってる気がする。

やばいやばい。悪い傾向だ。
俺はこんなに幸せなのに、どうしても、欠損部分を探してまで悩む癖がある。

思い出し笑いが止まらなくて、呼吸困難寸前になってる比呂を
俺は、呼びとめようとおもったけど、声にならなくて、だから比呂の二の腕を、ぐっとつかんだ。
『ん?』みたいな顔で俺を見る比呂。比呂には難しい話かな・・・だけど聞いてもらいたいな。

『あのね・・。』

俺は、比呂に静かに、俺の今の気持ちを話した。
『・・俺、今すげえ幸せでさあ、なんかさあ・・なんか・・些細な幸せ見逃してる気がするんだよね。』
『・・・?』
『たとえばさあ、すれ違う時にー・・ふわって風が発生するじゃん。』
『・・・風?』
『うん。俺、片想いしてた頃は、それさえ幸せの一部だったの。でも今はそういうのにも、完全に鈍感になってる。』
『・・・・』
『それにさあ・・。』
『・・・・。』
『・・前にはさ、お前が俺を好きになってくれるなんて、夢のまた夢だったじゃん。』
『・・・・・』
『・・・なのに今の俺はそれを当たり前のように思っててさあ・・。』
『・・・。』
『・・そういうので、悩んでんの。』
『・・・・。』
『キモくてごめん。』

・・自分の心の中で、自問自答を繰り返してる時は、 本当に大問題って気がしてたんだ。
でも、比呂に対して話をしてたら、俺・・・なんて馬鹿らしいことで悩んでたんだろうって思った。

わああああ・・。言わなきゃよかった。
俺はその場に頭を抱えてへたり込む。最近俺、本気でやばい。自分で自分がわかんない感じ。

比呂はしばらく、ぼーっと立ってたけど、ちょっとしてから俺の肩をぽんぽんって叩いて、
腕ひっぱって、俺を立たせてくれて、そんで俺に言った。

『すれ違う時の風も何も・・・もう俺はお前とすれ違わないよ・・。』
『・・・。』
『お前がいたら、俺は立ち止まるし、その逆でも同じだろうし・・。』
『・・・。 』
『・・・俺がお前を好きなのは、もう普通に当たり前・・・じゃないの?だから幸村は間違ってないよ?』
『・・・・。』

きょとんとした顔つきで、話す比呂の声はいつもどおりの声。
でも・・そのあと俺に話した言葉は、大人っぽい感じの声だった。

『・・・・っていうか、そういうの、自覚しててもらわないと困るよ。俺は。』

『え・・・なにを・・自覚すればいいの?』
『俺がお前を好きだってことだよ。』
『・・・。』
『あたり前のように思っててくれなきゃ困るって事だよ。幸村はただでさえ、そういう性格なんだから。』
『・・・・比呂。』
『そりゃ付き合いだして、まだ日は浅いけど、色々あったじゃんね、今までさあ。
付き合う前から、色々あったじゃん。ケンカもしたし、やたらと泣いたり、あったじゃん。そういうのが。』
『うん。』
『一人で悩んでもらっちゃ困るんだよ。勝手に不安になられたりとか。』
『・・・うん。』
『俺にだって多少の悩みや不安はあるよ?でも全部未来に向かっての事だよ?俺らこれからどうなるのかなーとか・・。』
『・・・。』
『どこまで・・・させてくれんのかな・・とか・・。』

ドキッとした。顔が赤くなってくのが自分でもわかった。 比呂を見たら、俺から目をそらしてて、
仕方なく・・・胸のうちを明かしてくれたんだってすぐわかった。

『だからさあ・・仮にお前が俺に飽きたんなら話は別だよ?』
『そんな飽きるわけない!!!』
『だから、そういうんじゃない限りは、自覚しててってことなの!俺がお前のことを、どんだけ思っているかって事を!』
『・・・・・。』
『・・・何を悩んでもいいけど・・俺とのことでなんか悩むんだったら、話しよう。ね?』
『・・うん。』

俺が、真っ赤になって返事をしたら、比呂が、バツ悪そうな顔しながら、 小さな声で『ごめん・・』といった。

なにが?とかおもいつつ、比呂の顔見たら、比呂はなんか、言いにくそうに

『別に・・無理して・・じゃなくていいんだけど・・。』
『・・・・?』
『・・・つか・・俺・・お前と別れるとか全然考えてないし・・。』
『・・・うん・・。』
『・・だから・・いつか・・さあ・・・。』
『うん。』
『・・・やっぱなんでもないっ。じゃあなっ。』

比呂が急に走り出して、俺はあわてて追いかける。 行き先は同じ部室なのに、比呂は本当にかわいいなあ・・・。
言いかけたこと・・それって・・・ エッチさせてってことなのかな・・・


・・・わあ・・・・・。 どきどきして、とてもじゃないけど眠れない!!!!


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