2007/2/8 (Thurs.) 23:41:50

校舎裏のいつもの場所に行くと、こんにょが一人でタバコを吸っていた。
元気ねえなあ・・。こいつは最近。俺が近づくと、だるそうに視線を向けた。

『・・・麦ちゃんかい。』

そう言うと、紺野は携帯灰皿を取り出した。
『元気ねえな。』煙草に火をつけて、煙を吐き出す俺。
『うん。』素直に認めた紺野は、煙草をもみ消し、その場に座り込んだ。

『どーしたのー。』
『別に。』
『・・・ユッキーと喧嘩でもした?』

こないだ紺野に、幸村と付き合っていることを知らされた。
ドショックで俺、死ぬかと思ったけど、紺野がこの世にいる以上、死ねない。
それくらい愛しちゃってるからね。実る実らないレベルの愛じゃねえんだよ。


『あいつは関係ないよ。』
紺野はそういうと、足元の雑草を指ではじいていた。

俺は煙草を消し、紺野の横に座った。紺野が黙って俺を見る。

『じゃあどうした。』『どうもしない。』
『元気ないのに?』『そう。』
『・・・・。』『・・・・。』
『捨て猫みたいな顔すんなよ。』『・・・なにそれ・・めんどくさ。』
『・・・今日はとことんイジケてるな。』『・・・・。』
『・・・家でなんかあった?』『・・・。』

紺野はしばらく地面をじっと見た後、首をかしげながらこうたずねた。
『・・お前、おばさんがみーちゃん妊娠したとき、どう思った?』

・・・・。
みーちゃんってのは、俺の妹。年が離れてて今、小学校一年生。

『単純に嬉しかったわけでは・・なかった・・かな。』
『・・・。』
『いやでもあれよ、生まれたら、半端なく嬉しかったけどな。』
『・・・。』
『幸村が妊娠でもしたのかい?』

紺野はふふっと笑った。『やってねえよ。まだ。』

『やってねえよ』に安心した直後『まだ』と言う部分に絶望する。
いずれこいつは幸村とやる気なんだ・・。なんとかそれまでに別れねえかなあ。

紺野が俺のほうを見る。じ・・・とみて、ぼんやりしてる。
だから俺も紺野をじ・・っとみてやった。見つめあう俺達、くっそ。キスしてえ。

『みーちゃん・・・元気?』

心の中で勝手に盛り上がってた俺は、重ねたいと思っていた紺野のくちびるから
自分の妹の名前が出て、我に返る。

こんなのしょっちゅうだけど。

『元気だよ。学校楽しいみたい。』
『へえ・・・・。』
『・・どーしたんだよ。まじで。』
『・・・・。』
『・・・。』
『・・・・おばちゃんが、妊娠したんだ。』
『・・・・』
『ただそれだけの事だよ。』


・・・まじかよ・・・。
俺は頭を抱える。どーする。なんて声かけていいかわかんねえ。
大問題じゃん。こいつにとっては。だから最近元気なかったのかよ。

『ねえ。』
俺が本気で悩みきっていたら、紺野がノンキな声で俺に話しかける。
『は?』
『・・お前さあ、超音波写真ってみたことある?』
『ああ・・。見たことあるよ。みいのときにね。』
『どんなだった?』
『どんなって・・白黒のやつだろ?』
『そうだけど・・人間みたいな形だった?』
『ああ・・。生まれる前くらいになると、かなりリアルだったけど。』
『へえ・・。』

比呂が足元の小石を拾って、どーでもよさそうにその辺に捨てる。

『豆みたいなのさ。腹の子供が。』
『みたの?』
『うん。立ち会っちゃったもん、診察に。』
『・・・。』
・・・こいつがそんなのに立ち会うなんて拷問じゃん・・・。酷すぎだろ・・。
『俺もおにいちゃんだよー。』
そういうと、紺野は立ち上がって、校舎の壁を蹴飛ばした。


俺はあんまり紺野の家庭環境について、本人から話を聞いていない。
だけど、いろいろなことを知っている。夏にこいつが入院した時に、おじちゃんに全部教えたもらったから。

もらわれっこの紺野にとって、あの夫婦に実の子が出来ることは
単なる喜びごとではない。それだけじゃない・・・。
オバサンの妊娠の経過を見るたびに、自分が生まれたことへの嫌悪感が、また噴出してくるんだとおもう。
母親に対する冷えた感情も。

おばさんもおじさんも、自分の子が出来て嬉しいだろうし、
紺野に一緒に喜んでもらいたいという気持ちは、すごく素敵なものだし・・
こいつを家族の一員として、完全に受け入れようという・・そういう思いは・・・すげえ美談だけどさ・・

でも違うじゃん。こいつには。
単純なことじゃねえじゃん。

生まれてくる子供の兄ちゃんみたいな顔をしてもいいのかと言う不安。
おじさんたちを『お父さん』『おかあさん』と、言えないことに対する罪悪感。
自分が子供の頃にうけてきた虐待の思い出。
大好きなお父さんは死んだのに、自分だけ幸せになってもいいのかという葛藤。

望まれて生まれたわけではない紺野。
お前さえ生まれなければと、何度も母親にいわれてきた紺野。
不妊治療してまで望まれて、出来たおじちゃんたちの赤ん坊。
おばちゃんの腹が、日に日に大きくなっていくたびに、どんなに苦しい気分になるのか。

『豆のくせに俺に似ててさー・・。』紺野がそういって、俺の背中に座った。
『いすじゃねえよ、俺の背中は。』そういって俺はぼんやり地面を見る。

紺野はそんなの無視してこういった。
『血もつながってねえのにな。』

・・・そんな悲しいことをいうなよ。
俺はお前とは他人だけど・・・それでもこんなに愛してんだから。
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