『比呂ちゃん』

今日は朝から塾に行った。
夜は比呂と会いたかったから、午後授業までみっちり勉強。
夕方に塾前のサニマで比呂と待ち合わせた。

俺が授業を終えて店に急ぐと、比呂はイートインスペースで、
飲み物と食い物をテーブルに置き、くうくう眠っていた。
俺はイスに座って、置いてあった飲み物を手にする。
ココアだ。まだあたたかい。寝始めたばっかなのかな。
つむじを、つんっとつついたら、
すっごいスロー動作で比呂が顔を上げて、
『あ・・・おかえり・・。』って言われたよ。


『ただいま』って俺は答えた。

『昨夜、何時まで遊んでたの?』
『昨日?ああ・・・今朝、坂口の家でワンピみてから、解散だった。』
『え?オールで遊んでたの?』
『ちがう。俺だけ坂口んちに泊まった。』
『・・・・。』

なにそれ・・浮気かよ。

『なんで?そんなの駄目じゃん。』
『?』
『俺のいないとこで他のやつと2人きりで一晩過ごすなんて。』

俺が他の客に聞こえないように・・でも極力怒りをあらわにして
比呂に説教をしてやったら、比呂は黙って聞いた後
頭をテーブルにガコンとぶつけつつ
『ごめんなさい。』とあやまってきた。

あやまるということは・・・やましいことが?

『なにしてたの?ふたりきりで。』
『・・・・寄せ書きのまとめとー・・連絡帳の編集。』
『・・・・え?』
『全部集まったんだ。メアド。学年のやつらの全部。』
『ほんと?』
『うん。だからそれを、愉来のパソコンで、編集してー。』
『うん。』
『表紙とかつけて、完成させたんだよ。』
『・・・・・。』


俺は比呂の顔をじ・・とみた。
『・・・・ごめんね?』
あー・・なんかまじ・・居心地悪い。
比呂はそんな俺を見ると、へへっと笑った。
そんで、テーブルにぶつけたデコを撫でながらうつむいて
『そんな・・あやまらないで・・・・。』とか言ってまた笑う。

それにしても、坂口ってそんなに浅井と接点あったっけか。
ちょっと不思議になって、それを比呂にきいたらあれなんだって、
坂口の父ちゃんと、浅井のご両親が同じ会社なんだって。
で、会社のイベントとかで会って、仲良くなっていったらしい。

親の会社のイベントとかに顔出すなんて、あいつらなんか、いいやつだな。
俺なんか父親の会社の納涼祭とか、物心ついてからは一度もでかけてねえもんな。親不孝・・。

『愉来が・・・・』
俺がぼんやりしていたら、比呂が話を始めた。
『坂口がどうかしたの? 』
『なんか浅井の父ちゃんの転勤先が、わりと遠いみたいって言ってたんだ。』
『・・・ほんと?』
『最初は近県のはずだったんだけど、急に会社を辞めた人が何人かいるみたくて。』
『うん。』
『北海道と四国と広島・・?とあと大阪に欠員が出て。』
『・・・・。』
『どこに決まるかわかんないけど、多分その四箇所のどこかじゃないかなって、おじちゃんが言ってたらしい。』
『・・・まじで・・・。』

・・・・遠い。

自転車がメインの移動手段である俺らには、その距離は果てしなく遠い。
何かあったときすぐ駆けつけられるような場所では無いことに愕然とした。


比呂と坂口は浅井に渡す連絡帳を作りながら、一晩中何を話したんだろう。
その場に自分がいられなかったのが、無性に苦しい。

なんか、俺はなんでも、人から聞く立場っていうかさ・・・
話題を提供する側じゃねえの。話題の軸には比呂とか浅井とか、麦とか坂口・・・。
何であいつらの周りにはいつも、あれこれ魅力のある話題があふれてんのかな。

劣等感を感じる。それも強烈なやつ。目の前の比呂には、またメールが来て、
それを読みながら俺にまた話しかける。
『おぎやんが、今度浅井とかと一緒にボーリングいかねえって言ってるけど。』
・・・おぎやん・・。
最初はおぎやんも、地味っぽかったのに、今じゃ比呂とも仲いいし、
こないだは麦と2人でさー、廊下でゲラゲラ笑ってたよな。

追い越されてく感じ。
俺は麦と部活まで一緒なのに、2人きりで話すのは未だに緊張するよ・・。

自己中だから・・・人と深く関われないのかな。
なんか・・・悲しくなってきちゃったな・・。

そしたら比呂が、俺の手を握った。店には他にも人がいたから、すぐにその手を離しちゃったけど。
そんで、俺を見て言うんだ。『テスト終わったら・・ゆっくり会えない?』

『どうして?』『・・・話がしたいから。』
『俺なんかでいいの?』『・・・というか・・癒されたくてー。』

は?癒し?こんなに情緒不安定な俺なのに?
比呂は、テーブルに突っ伏して、投げやり半分な感じで話す。

『なんかもー・・色々どうしていいのかわかんなくてっ・・。
家の事も・・・浅井のことも・・なんか色々いっぺんにあれで・・
嬉しいんだか悲しいんだか・・疲れてんのか・・大丈夫なのか、
自分でもよくわからねえの。』
『うん・・。』
『でも俺・・お前のこと好きなのは確かだから・・そこだけなんか・・・
なんつのかな・・・漠然としてないっつか・・ちゃんとわかってるから、
だから一緒に居たい・・・ってかんじ・・・。』
『・・・。』
『駄目だよねー、こういう安らぎみたいなのを、一度知ってしまうと。』

・・・俺は目の前に突っ伏している比呂の髪を静かに撫でた。
へとへとになってるんだろうなって・・それはよくわかってた。
比呂の心をくたびれさせてる原因の殆んどが、俺だと思ってた。
だけどこいつは、そうじゃないという。

俺が最大の癒しなんだって。

仕事も頑張って、勉強もそれなりに頑張って、
人のために頑張りすぎてる比呂は、きっといつでもヘトヘトなんだけど
最近それをちゃんと俺に、伝えてくれるからうれしいよ。

テーブルの下で比呂の手を握ったら、比呂がテーブルに突っ伏したまま
照れ笑いをして、俺の手を握り返した。

好きって気持ちが体中に広がって、劣等感はどこかに消えちゃったよ。

2007/03/04(日) 23:41:09
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