幸せがこみ上げる

今日は比呂が遅刻してきて結局来たのは、昼休みに入る直前だった。
比呂が教室の後ろのドアを、ガラッとあけた瞬間に午前授業終了の鐘が鳴って
あまりにタイミングよすぎて、先生も爆笑。気まずさ100パーセントの比呂、かわいい。

『病院どうだったー?』
と声かけたら、比呂が俺の机の横に、よっこらせって座ると
『混んでたー。すげえ待たされたー。』
って、普通に病院の話を始めた。

話を聞きながら俺は、授業で使った教科書やノートや製図の道具をしまう。
いつもの薬をもらっただとか、医者の先生とどんな話しただとか全部俺に言ってくんの。
そんで比呂の肩越しに小沢と坂口が見えて2人がこっち見て笑う。

坂口が俺にむかってWピースした。


・・・うん。俺の考えすぎだった。
比呂はたぶん、今日病院があるってことを、俺にとっくに言ってると思ってんだよね。
俺に言ってないってことを、忘れてんのね。話したつもりでいたんだ、きっと。

一通り話を終えた比呂は、俺の方をじっと見た後
『では・・。』
っていって、そんで自分の席に向かった。

俺は自分の席に座ったまま、頬杖ついて比呂を待った。
比呂は自分の机の上にリュックを置くと、何か取り出して
そのあとリュックのチャックをしめて、机にかけると
俺のほうにきた。

『そんで・・・待ち時間があまりに長えから、外をぷらっぷら散歩しにいったの。
そしたらうまそうなケーキ屋を見つけたんだ。すげえだろ。』

うっわ。超得意げ。すげえだろって、何がすげえんだよ。
俺、黙って笑って、弁当取り出した。
小沢のほうに視線送ったら、坂口と一緒に俺に手を振って2人で隣のクラスにいった。
きっと麦のとこで飯食うんだと思う。だから比呂と2人きりだな。比呂はどこかの店で弁当買ったみたい。
俺のは母ちゃんの手作りで・・・ちょっとだけ胸が痛んだんだけど。

弁当の蓋を開けて机に置いたら、その上に比呂がチョコを置いた。
『なに?』
『おみやげー。』
『え?なんで?』
『そのケーキ屋の。』
『うそ、まじで?』
『ほんとはケーキかって来たかったんだけど、病院前の道工事中でさー、チャリで走ると超モトクロスなんだよ。』
『ふふ。』

比呂が俺の弁当の蓋においてくれたチョコはピンクのキューブ型のやつと、こげ茶色のキューブ型だった。
『食べていい?』
ってきいてみたら、比呂が自分の弁当のラップを取りながら無言で頷いてくれてる。
割り箸割ってる比呂を見ながら、こげ茶の方をぱくっと食べたら
ほろ苦くって、でもすごい滑らかで、最後はすごく甘かった。

まるで俺らの恋愛みたい。

まるで比呂にキスでもされたみたいな気分になって、俺は照れた。


『ねえ。』

比呂が俺に話しかけてくる。
『何?』
『今日かえり、DVD予約してっていい?』
『いいよ。』
『あと、夕飯くわね?』
『まだ昼飯もくってねーのに夕飯かー?』
『そうそう。みてみな、今日のこの弁当。』
『?』
『から揚げはいってないでしょ。しかも薄味率が高そうでしょ。』
『うん。』
『病院の売店で買ったんだよ。時間のせいだかさー、コレしかなくて。』
『・・・・へえ。』
『だから、夕飯はもっと若者らしく、色彩豊か系でいきたいのね。俺』
『リベンジみたいな?』
『みたいな。』
『ふふ。』


・・・俺・・もっと母ちゃんの手伝いとか
積極的にしてくりゃ良かったな・・・・。
比呂に手作り弁当を、毎日つくってあげたくなる。
比呂のおばちゃんも、たまに比呂に弁当作ってくれるけど
やっぱ互いに遠慮があるみたいで、ほんと、たまに・・って感じなんだ。

まあ今時、親の弁当を嫌って自分で買うやつは多いけど
でも比呂は・・・本当のお母さんに弁当なんか作ってもらったことねえからさ・・。

『しかもファンタも売り切れだったんだぜー。だから遠回りして、自販機探して買ってきたんだよ。』
『わざわざ?』
『そうだよ。だって、俺にとってファンタは命の水よ?無けりゃ探して買うまでさー。 』

・・・もう。

『そんなんばっか飲んでたら、体壊すよ。』
『壊さないよ、だって実証済みだもん。』
『あほ。ファンタよりも水やお茶を多めに飲まなきゃ駄目だよ。』
『・・・・・。』
『心配なんだからね、俺は比呂の体が。』


比呂は、弁当の飯を一口食べて、ふふっと笑って、俺を見る。
そして目をそらす、で、こういうんだ。

『俺、心配してほしいもん。お前に。』



・・・俺は完全に箸がとまって、教室じゃなかったら泣くとこだった。
必死にこらえて、涙を体の奥のほうに、押し戻して、俺は比呂に聞いてみた。声が震えないように。

『なーんで心配してほしいのかなあ。』

比呂は、俺ににんじんをよこす。笑ってない。俺も笑わない。
普段から小さめの声で話す比呂は、いつもよりもっと小さな声で


『好きになってほしいから。』


そういうと、弁当を置いて、教室を出て行った。


俺は、2人分の弁当と飲み物を持って比呂のあとを追う。比呂は屋上に続く階段の、踊り場で、座り込んでいた。

泣いてはいなかったけど、すごく悲しそうな顔をしていた。俺は弁当を置いて、比呂の背中をひたすら擦ったんだ。
かける言葉は見つからなかったけど、それくらいは俺にもできた。

比呂は何も言わなかったけど、弁当を差し出したら、へへって笑ってくれて
『・・・・ごめん』っていって受け取ると、ゆっくり飯を食い始めた。


・・・うん

・・・いいよ。


俺はお前を待つよ。


言いたいことを言えるくらい、お前が落ち着くまでずっと
俺は待つよ。だから何でもかんでも、話さなくってもきっといいよ。
心配をしたいと願った俺に、心配してほしいといった比呂。

それだけで今はじゅうぶんだ。

ちゃんと俺達は、絆を深め合えていると思う。

病院の待ち時間、プラプラ散歩に行った途中
見つけたケーキ屋に入ってチョコを買ってきてくれたじゃん。

俺のために買ってくれたじゃん。

そのとき俺はそばにいなかったけど、
お前の心の中できっと、俺はお前に寄り添えていたと思う。
いつも、お前が俺の心の中で、俺をぎゅっと抱きしめてくれてるように。


飯のあとに、ピンクのほうのチョコをくったら、こげ茶よりちょっと甘かった。
甘さがすごく心を満たしてくれた。

幸せがぐっとこみあげる。


2007/04/17(火) 00:25:11
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