2006/5/8 (Mon.) 00:17:18

連休最終日。バイトを休んで、大好きだった人を探しにいった。
手元にある金を全部持って、駅に向かう。

電車はすぐに来た。

席は沢山あいていたけど、座るって気分じゃなかったから
ドアのそばの手すりにもたれて、ずっと外の景色を見てた。

何も考えずにぼんやりしてたら色々なことを思い出した。
その思い出のほとんどで彼女は楽しそうに笑ってた。
あの頃はわからなかったけど、気を使ってくれてたんだろうなって今は思う。

俺と彼女は20才も年が離れてた。中学の時、俺が生徒で彼女が国語の先生だった。
俺、変声期の時に色々あって・・その時に救ってくれたのが先生だったんだ。

声がかすれたから風邪かと思って、最初は薬飲んだりして、
けど咳が出るわけでも熱があるわけでもなくて、『声変わりじゃない?』って周りに言われて。
これが声変わりかー・・とか思って、ちょっと安心してたんだけど、
かすれ声がまともに出るようになったらとんでもなかった。
・・俺の声は、死んだ父さんにそっくりになってた。


俺には父親が4人いて、ひとりは死んで、ひとりは再婚。
残り二人の父親が俺を捨てずに育ててくれたから、俺はここまで大きくなれた。
そんな人たちの前で俺・・・死んだ父親と同じ声になっちゃったんだよ。
声だけじゃない。顔も髪の色も体格も・・・。

あの頃の俺は混乱をして、どうしたらいいのかわかんなくて、声聞かれるのが怖くって
家では喋らないようにしてたんだけど、気づかってるうちに自分の声が嫌いになって、
家以外でも喋れなくなった。

そんなときに声をかけてきたのが、国語の亜子先生だった。
無神経なことを色々聞くから、最初は俺、本当に嫌で、顔もみたくないし
何か言われるのが嫌で突き放したらいきなり抱きしめられた。

一生懸命俺に言うの。俺の声はいい声だって。大好きな声だって俺に言うんだよ。
それだけで俺、亜子先生のことが大好きになった。

子供の俺がぐずぐずしてるから、亜子先生がきっかけをくれて、
付き合うようになったんだけど、今までの世界が嘘だったみたいに
何もかもが楽しかったし、わざわざ嫌なことを考えることがなくなった。

ちゃんと対等になりたくて、先生に負担をかけたくないから、学校に内緒でバイトも始めて
成績が落ちないように勉強もして、陸上の記録だってどんどん伸びた。
前を向いて生きるってことが、一番楽で無駄がないって本当に良く分かったし、
努力の全部を亜子先生が見ていてくれたから、俺でも頑張れたんだとおもう。


そんなときに、父親二人が話し合って、俺はそのうちの一人に引き取られることになった。
その人は再婚するらしく、俺を正式に養子にするって伝えられた。そんなの無理だって思った。
再婚を反対したいわけじゃなくて、養子になるのが嫌だったし、
会ったこともない知らない他人が、新しい母親になるってことが本当に怖かったんだ。
でもいえない・・・。今まで育ててくれた人に、そんなこと言えるわけがない。

再婚と同時に長年住んでた椿平から、他のとこに引っ越すことになった。

俺は先生にその話をうちあけた。先生はあの日と同じように、俺をぎゅっと抱きしめてくれた。
『これからもずっとスキだし、休みのたびに会いにくる。』
俺は先生にそういったけど、先生が『今までどうもありがとう。』って言ったんだ。

最初は何を言われたのかわからなくて、どう答えたらいいのかもわからなかったし
言葉が出ずに黙ってたら、 『さよならだよ。』って先生に言われた。

それきり先生と口をきかなかった。『さよなら』なんて言いたくないし、
そんなこと考えてもいなかったし・・かといってひきとめることもできなかった。

そしたら思ったより早く事が進んで、俺は結局先生と話せないまま椿平から出て行くことになった。

・・・俺は先生の大人らしい優しさに、ただ甘えていただけだった。
そういう風にもらった優しさに、これからこたえていかなきゃいけなかったのに、
何にも返せてない。ただすくってもらって、それで終わった。

それから一年。行こうと思えば行けるあの町に、俺はどうしてもいけなかった。
『今までどうもありがとう』といった先生に会って真意を聞くのが怖かったし、
俺の考えを聞こうともしなかった先生を心のどこかで責めてもいたし、
そんな風にして俺はいつでも、結局先生のことばかり考えていた。

俺は高校受験を経験し、合格発表を見たその足で、椿平に行くことにした。
高校に受かったことを報告して、もう一度ちゃんと告白しようと思ったんだ。

でも、先生はもういなかった。

俺が転校した直後、先生は体調不良を理由に学校を辞めたらしい。
偶然会った友達に聞いてみたら、そいつが教えてくれた。
『お前がいなくなってから、亜子先生すげえ痩せたんだぞ。』って。

慌てて先生のアパートに行ったんだけど、先生の部屋にはもう別の人が住んでいて、
俺は何もかもに絶望して、死のうと思ったら腹がなった。
そしたら妙に自分が情けなくなって、そのまま帰りの電車に乗って
家に帰ったらおじさんとおばさんが、合格祝いのご馳走を作って待っていてくれた。

高校に入学して、新しい友達もできて、色んな事が1から始まっていったけど、
亜子先生のことを考えない日はなかった。

そしたら昨日バイト先に、先生のことを知っている人が現れた。
昔の教え子だったみたいで、実家の場所を教えてくれた。
だから俺、ハルカさんに頼んで急だけどバイト休みを貰って、実家を探しにきたんだ。

でも、教えられた場所は広い空地に変わっていた。

近くを通った人にきいたら、少し前に家族で引っ越していったと教えてくれた。
先生のお父さんが前からずっと病気だったらしく、残りの人生を田舎で暮らしたいから
思い切って引っ越すんだと言ってたみたいで、亜子先生も一緒に行ってしまったらしい。

俺・・・何にも知らなかった。お父さんの事も、痩せたことも、引っ越したことも。

田舎ってどこだよ。お父さんの具合はどうなんだよ。なんで何もいわなかったんだよ・・。
先生は俺の引越し先も、俺の気持ちも全部わかってたじゃん・・・

手がかりを失った俺は、ほかに何をする気にもなれず、駅に向かって歩くしかなかった。
その途中で公園を見つける。それをみたら、涙が出たよ。

亜子先生と付き合っていた頃、先生が小さいときの話をしてくれて、
赤いジャングルジムがあって、その上から落ちて怪我をしたんだよって
笑ってるから『笑い事じゃないじゃん。』って俺は言ったんだけど、

何でジャングルジムから落ちたかと言うと、そのそばに象の形の滑り台があって、
飛べば届くと思ったんだけど、結局届かなくて、落ちて怪我したみたいなんだけど、
そういう話を先生がするのは少し珍しかったから、すごく印象に残ってて・・・・・・・

俺の目の前の公園に、赤いジャングルジムがある。すぐその脇には、象の形の滑り台。
ああ、ここだ・・。この公園だ。

ジャングルジムの赤色はところどころ錆びていた。小さい頃の亜子先生が遊んでた公園。

・・・・こんなとこから落っこちて、怪我して痛かったんだろうなあ・・。
俺がその時そばにいたなら、小さい亜子先生を抱きかかえて、象の滑り台まで運んであげたのに・・。

雨が降り始める。

赤いジャングルジムに触れたら、彼女と離れてからずっと我慢してた悲しみや苦しみが押し寄せてきた。
もう会えない・・それならもう、このまま今ここで終わりたい。


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