2006/5/27 (Sat.) 22:11:14

一日中、部屋にこもって、俺は外に降る雨を見ていた。
比呂が買ってきてくれたゼリーとか、そういうものを食いながら、
勉強もせず電話にもでず家族も無視して一日過ごした。

比呂と出会って二ヶ月近く過ぎた。友達になれただけで嬉しかったのに、
俺はどんどん欲深くなって、どんどんあいつを束縛していく。

バイト上がりに比呂が電話をかけてくれた。

『あ、俺。どう?大丈夫?』『うん。』
『話する?外とか出れそう?』『うん。』
『どこで会おうか・・飯とか食べたりできそう?』『・・・・俺んち近所の公園は?』
『え・・店とかじゃなくて大丈夫?・・とりあえず・・今から行くよ。』

電話の後、10分ほどして俺らは落ち合った。

『雨上がったね。』比呂の第一声はそれだった。俺は無言で頷く。
『・・ほんとに大丈夫?』って言ってくれる比呂・・
こんなに心配してくれてるのに、作り笑いもできなくてごめん。


『学校辞める。』

・・俺は言った。一瞬あっけにとられたような顔をした比呂。

『は?・・なにそれ。』
『学校辞める。』
『・・・なんで。』
『・・やっぱ俺・・集団生活に向いてない。』

比呂に背中を向ける。顔を見られるのが怖い。

『なんでそういう話になんの?みんなと仲良くできてるじゃん。・・・なんかあったってこと?』
『だからさっき言っただろ!お前が女と遊んでるのが嫌なんだよ。』
『・・・』
『・・お前のことが大事なのに、俺はそんなとこまでやきもちの対象に入れちゃってんだよ。』
『・・・。』
『友情が破綻する前に・・お前とかかわりをなくしたいんだよ。』

さっきまで、ほんのわずかだが見えていた星が、また雲の向こうに消えてしまった。
そしたらポツリと雨が落ちてきて、比呂が俺の手を引き屋根のあるベンチにつれていく。
それでも少し濡れてしまった。
比呂が自分のきていたウィンドブレーカーを脱いで俺に差し出してくる。

『その服、脱げよ。雨吸っちゃってんじゃん。これ着て。』
『いい。そんなのどうでも・・。』
『どうでもよかない。お前昨日、自分がどうだったかわかってんの?さっさと着て。』

俺は黙って比呂の言うとおりにした。俺らは二人でベンチに座った。
最近になって設置されたベンチだから新品ですわり心地がいい。雨脚が強まってきた。

『・・かかわりをなくすのと・・友情が破綻するのと・・どこがどう違うわけ?』
比呂が遠くの滑り台を見ながら、俺にそんなことをきいてきた。
『・・後味の悪い終わり方をしたくないんだ・・。お前とは。』
俺は比呂のスニーカーを見ながらそういった。比呂がため息をついた。

『何をどう思って・・そういうことを言ってんのか知らないけど・・
こんなに何でも話し合える俺たちが、何の努力もしないで
かかわりなくしていくってことは、結局破綻と一緒じゃねえの?』
ゆっくりとした比呂の口調が、心の奥に突き刺さる。

言い返す言葉なんか、見つかるはずがない。

『・・結局は・・俺のせいで学校辞めようとしてるってことだよね。
俺を理由に辞められたりしたら、俺だって学校行けないから、辞めるしかないね。』
『なんで?お前はわるくないじゃん。』
『だってお前、俺のせいって言ったじゃん。』
『いってないよ。俺はただ・・自分が弱いからっ・・。』
『あのさあ・・いい加減にしろよ。』

ぴしゃりといわれて、俺は黙り込む。比呂がまた・・・ため息をついた。
そしてがくりとうなだれてこういう。

『駄目だ・・。何を言っていいのかわかんない。』
『・・・。』
『でもいうわ。ほんっとに嫌だから。』
『・・・。』
『俺いつも思うんだけど、何でお前はさ、何でもそうやってややこしく考えようとすんの?』
『・・・。』
『何にも問題ないじゃん。俺が女と何しようと関係ないよね?』
『・・・。』
『遊びたきゃ誘えよ。お前今週バイトが大変そうだったから俺、気を使ったのに。』
『・・。』
『それに言ったじゃん。週末遊べたら遊ぼうって。そういうのは忘れちゃうの?』

・・あ・・。そういえば・・。

『・・・・お前にはほんと、考えてもらいたい。お前がどんだけ悩んでるとか、
そういうのはわかんないけど、俺にだって感情はあるよ。学校辞めるなんていわれても困る。』
『・・・。』
『幸村は死ぬだの辞めるだのよく言うけど、何のためにそんなこと言うんだよ。
俺はお前のそういう言葉を聞くたびに正直がっかりするよ。
そんな言葉を切り札にするなよ。つか簡単に弱音吐きすぎだろ。自分で泥沼にはまってどうすんだよ。』

耳が痛い・・というか、グサグサと俺を傷つけていく比呂に対して少しむかついてきた。
『お前はそういう性格だからっ・・だから友達だっていっぱいいるし
そういう奴だから俺の気持ちなんか、全然わかっちゃいねえんだ。』
口と同時に手が出てしまった。俺は比呂の頬をぶん殴ってた。
比呂は露骨にむかついたようで、俺を突き飛ばす。

もう話どころじゃなくなって、そのまま公園で喧嘩してしまった。
そしたら誰かが通報したらしく、警察のパトカーがきた。自転車のおまわりさんもあとからやってきた。

最終的に・・喧嘩の原因を説明したら、おまわりさんが
『友達思いなのはいいけどさ、ほら、時間考えて。もう帰りなさい。一日寝てさ。頭を冷やして話し合いなよ。』
といった。むくれてる比呂を見て、その人は笑う。
『小学生じゃないんだから。物には言い方があるだろうに。友達を大事にしたい気持ちはわかるけどさ。』
そしたら比呂の目から、涙がボロッと出て、俺もおまわりさんもびっくりした。
そして比呂が言うんだ。泣きながら悔しそうな声でいうんだ。

『だって・・こいつはっ・・・俺がいつだって・・ちゃんと考えて話してるっていうのに・・
そういうのをちっともわかってなすぎで・・本当にむかつく・・』
おまわりさんが、比呂の背中をさする。
『・・話を聞こうとしてる人間がいるのに・・友達だってすげえ沢山いるのに・・
勝手にひとりぼっちになって・・第一なんで極端なことばっかいって・・肝心な話をしねえの?
辞めるだのなんだのっていって・・・言う方は言ってすっきりするかも知れねえけど・・
言われる俺は、溜まってくばっかで・・・・』
『・そうか・・。君は心配なのか。』
『・・・・・・・』

比呂は、涙をぐっと拭って俺を見た。

『遊びたいなら誘えばいいじゃん・・。勝手にいじけて、学校辞めるとか・・
そんなこと言う奴は、逮捕でも何でもされればいいんだ。』
『あはは・・。まあまあ。』
おまわりさんになだめられる比呂。おまわりさんが言った。
『若い男が公園で喧嘩してるって言うから、何事かと思ってみれば
そういう理由で喧嘩してたのか。日本もまだまだ捨てたもんじゃないな。』

自転車で来たおまわりさんと一緒に比呂が帰っていって、俺はパトカーで家に送ってもらった。
おまわりさんが俺の親に、喧嘩のことを説明してくれて、俺は親父に怒られた。
小学生のとき以来の、親父のゲンコツが痛かったけど、
それより痛くてたまらないのは、比呂に殴られて切れた唇の端だ。

わかってるんだ・・。自分の駄目なとこ。わかってるんだけど・・なおせないんだ・・。
だから、嫌われる前に離れることが得策だと思ったんだ。

・・・そういう話をすれば比呂が、女遊びをやめてくれて
何よりも俺を優先して、そばにいてくれると思ったんだ。
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