2006/5/30 (Tue.) 12:03:09

授業が終わって廊下に出たら、1年2組の教室から紺野比呂が走ってきた。
『きーしーせーんーせーーーーーーーっ。』

手にプリントをひらひらさせてるから、立ち止まって俺は待つ。
『先生先生。』
『・・どうしたの?』
『朝もらったプリントの、この問3がどーしてもわかんない。』
『・・プリントかして?』
俺は紺野からプリントを受け取り、目を通しながら声をかけた。

『幸村は今日はいないの?』
『へ?』
『幸村だったら、判ると思って。これは簡単な応用だから。』

すると紺野はため息をついて
『あいつは休みー。』とだけこたえた。

『そういえば紺野、階段でこけたらしいね。』
『え?あ、うん。いや、はい。そうそう。こけた。』
『運動神経いいのに。めずらしいね。』
『そう。ちょっと考え事してて。』
『怪我はもういいの?』
『はい。あともうちょいって感じで。』
『骨折とかしないでよかったな。』
『ほんとにそう。これからはいっそう気をつけます。』

俺がプリントに目を戻すと、紺野は一緒にプリントを覗き込む。
『ねえ先生ってさ。飯食ってんの?食ってるとしたら何を?』
『そのシャツかっこいいね。どこで買ったの?』
『どういう寝かたしたら、そんな寝癖がつくの?よく首の骨折れなかったね・・・。』


・・・・うるさいよ お前・・・


紺野は見た目は今時なのに、まるで素朴で小学生。
だから俺も、他の先生のように、紺野をくすぐり倒す。
けらっけらと笑う紺野。『なになになに〜〜〜!!』といって笑ってる。

『俺が問題読んでるときに、話しかけてくるなよな。』
『えー!そんなんでこんな仕打ち?教育委員会が黙ってないよっ!』
『お仕置き追加!』
『ギャー!!!』

弱点のわき腹で紺野撃沈。埒が明かないので、俺はプリントに集中した。

公式の導き出し方だけ簡単に教えて、後の計算は自分でやるように紺野に言う。
紺野は、俺にお辞儀をして、手を振り教室に戻っていった。



・・・紺野が入学するときに、職員会議で彼の名前がでた。
家庭環境のことだとか、中学時代に国語教師と付き合っていたという話とか。
だから一体どんな生徒が入学してくるのかと教師全員身構えていたんだけど、
いざ入ってきた紺野は全然想像や噂と違っていて、まったく問題のない子だった。

だけど俺はそんなあの子を見て、時々無性に心配になる。

何でも受け止めて頑張るのはいいが
その重さにいつまでたえられるのかなと。
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