ときめきハート バイト帰りに、比呂がメシに誘ってくれた。 8時まわってたけど、明日から三連休だし・・だから、比呂についていった。 前に行って俺が気に入った喫茶店。 シーフード関係がうまくって、2人でシーフードカレーを頼んだ。 すると、注文の最後に比呂が、ケーキと飲み物も店員に頼んでくれたんだ。 ケーキ一個と、コーヒーと、ミルクティー・・。 そのケーキは、俺のためのもの。誕生日のお祝いなのかな・・・。 メシ食いながら色々な話をした。 といっても、ほぼ一方的に俺が、塾の事とか友達のこととか、姪っ子の話をしてるかんじ。 比呂は最近、俺といる時、本当におとなしいんだ。 頬杖ついて、俺もみずに、ふふっとわらって、うんうん・・って頷く。 比呂はシーフードカレーに入ってた魚介類を全部俺の皿によこす。 ただのルーだけのカレーを食いながら、比呂は俺の話を聞いてたんだけど、 俺の話が途切れたら、今度は比呂が話を始めた。 『那央・・。俺、最近やっぱちょっと駄目みたいで。』 『・・・・駄目?』 『・・・。』 『俺とのことが駄目?』 『・・や、そうじゃなくって・・。なんかこう久々にどん底気分な感じなんだ。』 ・・・え・・。 突然の真剣気味な話に、思わず俺は身構える。 『何かあったの?』 『なんにもない。前よりずっと楽しいし。』 『うん。』 『お前もいてくれるから、気分的にも超浮いてるんだけど。』 『うん。』 『でも、なんかそれでも、ここんとこ・・漠然と悲しくてさ。』 『・・・・比呂。』 俺はテーブルの下から手を伸ばし、比呂の膝を、ゆっくり撫でた。 比呂が俺を見る。目が合った。俺が笑うと比呂も、笑ってくれた。 そこで話が途切れて、俺たちはカレーを食った。無言で。 すると、空いたカレー皿と入れ替えに、俺にケーキが運ばれてくる。 ミルクティーはホットだった。比呂のコーヒーもホット。ぬくもりが恋しかったのかな。 『ケーキ、俺がもらっていいの?』 『・・うん。』 『ありがとう、いただきます。』 『・・・・那央?』 『え?』 『・・俺・・。』 『?』 比呂は、そこまで言うと、コーヒーを一口飲んだ。砂糖もミルクも、なーんも入れない。 それでしばらく何かを考えている。俺はケーキを口に運んだ。すごく甘くて、すごく美味しい。 まるで俺らの心を象徴してるみたい。甘く満たされた俺。何かに苦しんでいる比呂。 比呂が、話を再開する。 『俺・・、時々夢みんの。』 『夢?』 『・・父さんの夢なんだけど・・。』 『うん。』 『父さんの隣に寝てた時に、俺の髪撫でながら父さんが何かを言ってたんだ。でも思い出せなくて。』 『・・・。』 『忘れたのか・・・最初から聞こえてなかったのか、わかんないんだけど。』 『・・・・。』 『それが惜しくて惜しくって。』 『・・・・。』 フォークに苺ぶっさした状態で、比呂のほうをじっと見つめる。 比呂はまた頬杖をついて目を閉じている。そしてゆっくり目を開けて、俺を見た。 『那央ちゃん。』 ふいに、ちゃんづけされて、ドキッとする。俺は、目を丸くして比呂を見た。 『・・・・。』 『・・・・俺は・・。』 『・・・・え?』 『お前のいないとこで・・お前とは無関係なことで悩んでる・・。ほんとはそんななんだ。』 『・・・比呂。』 かちゃりと音がして、俺は手に持っていたフォークをケーキ皿の上に落としたことに気がつく。 比呂は、そのフォークを左手で取ると、俺にそのまま苺を食わせてくれた。 そんな俺を見て、比呂は笑わない。 『・・那央と一緒にいると・・なんでかあれこれ考えることがあって。』 『・・・・。』 『今まで考えないようにしてたことも・・ちゃんと考えようって・・思い始めたんだ。』 『・・・・。』 『那央が悩みの原因じゃなくて、原因は俺が十年以上抱えてきた・・よくわかんないものにあって。』 『・・・。』 『ずっとくすぶってんの。物心ついたときからずっとそんなんなのね。・・暗いだろ。なんか。』 『・・・・・そんなことないよ。』 『・・・・。』 『・・・・・・。』 『・・・考えないようにしてた。考えてるうちにいつも、なんか変な感じになるから。』 『・・・・。』 『おっかないんだ。なんか・・自分の中の境界線みたいなのがわかるっていうか。』 『・・・・境界線?』 比呂は頷く、そして言う。 『この線越えたら・・自分が終わる。』 ・・・・・え? 『そういう・・かんじ。』 『・・・・比呂・・・。』 俺は比呂が持っていたフォークを受け取って、それで自分のケーキ皿に置いた。 比呂をじっと見つめた。視線が絡まる。 考える比呂・・やがて目をこする。そして・・ふふって笑った。 んで、話を続けた。 『・・・や、ごめん。こんな暗い感じで、話すつもりなかったんだけど・・。』 『え?』 俺は思わず、きょとんとする。 困ったような笑顔で溜息つくと比呂は、俺のデコを、ばしってはたいた。いてっ。 俺がデコを手で押さえて、きょとんとした顔で比呂を見ると あいつはすっごい穏やかな顔で・・俺のことをみていた。 『那央はかわいいよ。』 『・・・。』 『ほんとお前と付き合ってから・・毎日すごく幸せだ。俺は。』 『・・・。』 『ただお前がいてくれて、もーそれだけ。そんだけで全然違うんだもんな。』 『・・へへ。』 『辛い気持ちがくすぶってんのに、それでも楽だし幸せだし。』 『・・・。』 『まって・・。話がわかんなくなってきた。』 『ははっ。いいよ。ゆっくり考えて話して。』 俺は笑う。・・比呂はまた考え出す。ミルクティーは、少し冷め始めていた。 俺がケーキを食べ終えたら、比呂が『外で話す。』っていうから 店を出た。そして自転車を押して歩く。相変わらず比呂は考えていた。 けど突然また、話を始める。 『だからなんていうか・・最近・・普通ってものの基準が変わってきて』 『普通?』 『うん・・。だから・・俺が今まで普通だと思ってたことは、もしかしたら違うんじゃねえのかなって。』 『・・・・・。』 『だったら、・・もしかしたら俺が想像して諦めてた現実世界はもっと・・俺が思ってたよか、はるかにイイものなんじゃねえのかなって。』 『・・・。』 『でも、・・俺自身がそう思っちゃったら・・・父さんのいた頃の自分の世界を・・否定することになるのかなあって・・。』 『・・・比呂・・・・。』 秋風が冷たい・・・。秋の風。あんなに暑い日々が続いてたのに、今俺たちに吹く風は冷たい。 『・・・って・・、そういうのを引き合いに出したら、いつまでたっても俺の悩みは、解決しないんだとおもうんだ。』 『・・・。』 『それはそれ、悩みは悩みで、分けて考えるべきじゃねえのかなって。』 『・・・。』 『でも、じゃあその分け目はドコにつけりゃいいのかって話になるわけ。自問自答の中で。』 『・・・。』 『わかんねーのね。・・わかんないから、俺の中ではまた解決できなくって、 一生俺、こんな感じでウダウダしてるのかなーって、かなしくなんの。』 『比呂・・・。』 比呂が立ち止まる。俺も立ち止まる。セミの鳴き声はもう聞こえない。街灯が俺たちに影を作る。 『かなしいんだよ。どーしようもない。』 『・・・。』 『・・けど、那央がいてくれるから・・今は。』 『・・・。』 『大事にしたいって思う。』 『・・・。』 『思ってる間は悲しくない。それどころか、すっげーときめきはーとっていうか。』 『・・・・。』 『だから、悩みに立ち向かう中で、境界線越えそうになったとき、お前を思う。最近いつも。』 『うん。』 比呂は俺の顔を見た。そんで、俺にきいてきたんだ。 『それは・・逃げだったりするのかな』 ・・・・・。 あほ。 俺・・思わず自転車・・道にぶち倒して、比呂をぎゅっと抱きしめた。 ばかだなー・・。こいつ、そんなことを、本気で俺に聞いてきている。 自分でグサグサ心を刺しながら・・・ずっとガマンをしてきたの?一人で。お前は。 『逃げじゃないよ。』『・・・・。』 『当然卑怯なわけでもない。』『・・・・。』 『お前の話してる意味もわかる。』『・・・・。』 『ありがとう。言ってくれて。』『・・・・・。』 比呂は、俺におとなしく抱きしめられながら、やっぱり少し考えていた。 それでも俺を抱き返してくれたし、抱きしめあった腕を離した後に屈託なく笑ってくれたんだ。 話ブチ切れなまま・・俺たちは『おやすみ』といって わかれみちで手を振って、『また明日。』と声を掛け合った。 比呂は何を言いたかったんだろう。 話してる意味はわかってたけど、何を言おうと思っていたのか・・ その答えを俺の中で導き出すことは、結局出来なかった。 でも比呂自身、起承転結を考えた上で話したわけではないんだろう。 言い散らかしたままで終わる話が、あるのはきっと自然なことだ。 俺の誕生日の翌日に、こんな話をしてくれた比呂。 昨夜、俺が、家族に祝ってもらってる間、比呂は一人で家のベッドで 横になりながら悩みと戦っていたのかもしれない。 俺に打ち明けてくれた。 少なからず、何かを俺に伝えようとしてくれていた。 俺に心配をかけることとか、そういうのの遠慮しないで ちゃんと気持ちを言い散らかしてくれた。 話した後に、すごくかわいい顔で、俺に笑いかけてくれた。 大きな前進だ、きっと。きっとこれは、大きな前進だ。 ・・・話してくれて・・・本当にありがとう。 2007/09/15(土) 01:43:13 |
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