2006/11/20 (Mon.) 08:18:35
去年、隣に引っ越してきた紺野さんちの比呂くんが、窓を開けて誰かと携帯で話をしていた。
茶色のセーターの袖口から、下に着たシャツの袖を引っ張り出して、ボタンをしているみたい。
私はベランダに出て、その様子をじっとみていた。
ちょっと距離があるから、なにを話してるのか聞こえない。
電話を終えた比呂くんが、部屋の窓を閉めようとして、
ベランダに出ていた私と目が合って、しばらくぼんやり見つめあう。
『おはよ。ちかげ。』・・・ちかげというのは、私の名前。
比呂君は初対面の時から、私のことを呼び捨てで呼んだ。
『おはよう。おじさん。』私は悪態をつきつつ、ツンとした顔で比呂君を見た。
比呂君は、むっとした顔で『2こしか違わねえくせに。』という。
私は中2だ。
『彼女と電話?朝から近所迷惑なんだけど。』
そういって比呂君を見ると、比呂君はカーテンで目をこすり、
『うっせーなー、友達だよー・・』
と言うと、窓から体を乗り出した。
どきんとする。私は比呂君のことが好きだ。
『ちかげー。』
名前を呼ばれて思わず黙る。
比呂君は一回くしゃみをして、そして私に聞いてきた。
『お前さー、今日、めざましみてた?』
『は?みてたけど。』
『あれ、お前、どっち?』
『は?』
『好きなもん、先に食う?それとも最後?』
ああ・・、めざましテレビのあのコーナーのことか。
『私は最初ー。』
そういうと、比呂君が怪訝な顔で私を見た。
『へえー・・・。お前、何で先なの?』
『だってー・・好きなものをガマンするのは嫌だもん。』
『ふーん・・。』
『比呂君はどっち?』
『俺?おれか?俺は最後なんだけどー。』
『意外。』
『それどういう意味?』
『何で最後までとっておくの?』
私が聞くと、比呂君は窓を閉めながら私に言った。
『俺は、終わり際がなんにしても肝心なの。じゃあな!』
ピシャンと窓がしまって、鍵を閉めた比呂くんが、ガラスの向こうで私に手を振って、
カーテンを乱暴に閉めた。私はベランダでぼんやりとする。
今日は中学は昨日の文化祭の代休でやすみなのだ。
引っ越してきてすぐあたりの比呂君は、もうちょっと声が高かった気がする。
背がもうちょっと低くって、顔つきももっと幼かった気がする。
高校生の比呂君は、中学生の私にとってもう完全に大人の男で、
私は自分の幼さが絶望的なまでに惨めに思えた。