ありがとう。

・・最近、中学の時俺の事をイジメてた隈井と接する機会が多くなって
そしたらストレス性の蕁麻疹になってしまって、今日は学校を遅刻。
蕁麻疹の原因を・・本当の原因を、なんか比呂にいえなくて
あいつの笑顔を想像するだけで、なんか涙が出そうになって・・
でも・・自分からはどうにもできなくて・・・結局ベッドで、ウダウダ泣いていた。

比呂が隈井と大喧嘩して、停学になってまで、俺の事を
大事なんだって・・そういうのを、体で示してくれたのに・・・

俺はそんな比呂に・・自分の全部を見せられない。
散々頼って、利用して・・・自分の勝手さに、ますます泣ける。
『意気地なし』って言葉は、きっと俺のためにあるんだと思う。

泣きすぎて頭が痛くなってきた。


そのとき、比呂から電話がかかってきた。バイト終わったーって言う電話。
俺、一生懸命、明るい声だしたんだけど、比呂にはあっという間に見抜かれる。

『・・・・どうした?』
声のトーンがちがう。・・ああ・・。本当に心配してくれてるんだ。

『ごめん・・。大丈夫。』
『や、謝るとこじゃねえし。なんかあったの?』
『・・・・・。』
『・・・隈井にまたなんか言われたのか?』

ズキリ。心の奥のほうに激痛が走る。いっそ、隈井のせいにしたかった。

でもそうしてしまったら、俺は今度こそ本物の嘘つきだ。

『あの・・・。』
『・・・・なに?』
『・・・じんましんの・・・ことだけど・・・。』
『ああ、うん。』
『・・ほんとは・・ストレス性の・・蕁麻疹なんだって。』
『・・・・・・。』
『・・嘘ついてごめん・・・。』
『・・・どういうこと?』
『・・・俺さあ・・・。』
『うん。』
『隈井に昔、いじめられてたじゃん。』
『うん。』
『・・・だから・・さ・・トラウ・・・マ・・』

比呂の優しい相槌きいてたら・・急に涙がこみ上げる。

『・・那央?』
『・・・・。』
『・・・ちょっと会おうか。』
『・・・・・ん・・。』
『家、でれる?』
『・・・・ん。』
『・・・・家の前まで迎えにいくから。』
『・・・・早く会いたい。』
『わかった。すぐいくから。』

・・・比呂との電話をきって、俺はパジャマを脱いで服に着替えた。
そして階段をおりていくと・・運の悪い事に父さんに泣きじゃくってるところを見つかってしまう。

『那央、どうしたんだ。』
『・・でかける。』
『・・こんな夜中にどこにいくんだ。』
『・・・比呂に・・・。』
『・・・紺野くんか?』
『・・・比呂に・・相談を・・。』
『・・そんなことはまた、明日にしなさい。』

俺は、なんかすっごい泣けてきて、抵抗する気も失せて
そのまま階段を上ってしまった。

なんだよ・・・何も知らないくせに・・・
何で今日は、こんなに何もかもがうまく行かないんだよ・・・。

ベッドで泣きじゃくってたら、比呂から電話がかかってくる。

『・・・・ついたけど・・どうする?』
『・・ごめ・・。父親が・・・明日にしろって・・・。』
『そっかー。』
『・・だけど・・だけど比呂と話がしたいよ・・。』
『・・・・うん。俺だって話したいよ?』
『会いたいよ・・・・。』
『・・会いたいよ。俺も。』
『・・・・・。』
『心配だよ。どうしたんだよ・・・。』

俺は窓越しに外を見た。比呂が自転車を片手で支えながら
電話片手に話してくれてる。

・・ああ・・好きだ。大好きだ。なんでこんなに優しいんだろう。

『じんましんの・・理由を・・・』
『うん。』
『・・・いえなかったのは・・・・。』
『・・・うん。』
『・・・いじめられてる自分のこと・・・すげえ情けない印象しかなくて・・・。』
『うん。』
『・・そんな思い出を、まだ抱え込んで、蕁麻疹なんかおこして・・。』
『・・・・・。』
『・・情けなすぎて・・恥ずかしくて・・いえなかったんだ・・・。』
『・・・・そうかー。』

比呂が自転車を道の端にとめて、そのそばにちょこんと座る。
そんで、リュックから何か取り出した。

あ・・・。俺があげたマフラーだ。

比呂はマフラーを巻いて、それに頬をうずめながら話す。
いつまでもグズグズ泣いてる俺に、小さな声で『なーおー』と話しかけてくれる。

『俺・・・・。』
『・・・・・うん?』
『比呂に嘘をついて・・・それが心苦しくて・・・・。』
『・・・・。』
『・・・・耐え切れなくなった・・。』
『・・・・。』
『でも、勇気でなくて・・・なんて説明したらいいのかわかんなくて・・で・・・泣けてきて・・・で・・・。』


もうめちゃくちゃだ。比呂はずっと、肌寒い路地上で、俺のくだらない話を聞いている。

しばらく沈黙が続いた。

やがて比呂が話を始める。

『・・・嘘・・じゃないとおもうよ。』
『・・・・。』
『・・嘘では・・ないとおもうよ。多分。』
『・・・・・。』
『お前が・・昔の自分を情けないとか思ってて・・・それを俺に知られるのが嫌で・・・
で、・・毛虫のせいにしてごまかしたのは・・・嘘とはちがうんじゃないのか・・なあ・・。』
『・・・だって・・』

『いや。嘘じゃねえよ。俺にとっては嘘ではないよ。』
『・・・・・。』
『謝られるようなことじゃねえし。』
『・・・・。』
『つか、本気で俺、毛虫のせいだと思ってた。』
『・・・比呂・・。』
『俺の方こそ、気づいてやれなくて悪かった・・。ごめん。』


俺は、窓にでこをくつけて、路地上の比呂をじっとみつめる。
比呂は俺に気がついていないようで、ちょっと頭を抱えて考えた後
話を始めた。

『・・・中学の頃のお前が・・情けないとは思わないけど・・
でもお前がそう思い込んでて・・・そういう自分のことを俺に知られたくなくて・・・・』
『・・・・。』
『・・・そういう気持ちっていうか・・お前の思いを・・嘘って言葉で片付けられたくねえよ。』
『・・・・・ひろ・・。』
『世間的にそれがどうなのか、わからねえけど・・でも、俺とお前のなかで、それは嘘にはならないだろ?』
『・・・・・。』
『正直、今、完全に、自分のいいたいこと、見失ってるけどね・・、俺。 』
『ふふっ・・・・。』

愛しい人の声。比呂は続ける。

『んふふ・・・。でも、別に・・嘘ついたーとかさ・・そういう風に・・言い切らなくてもいいじゃん・・・。』
『・・・・・。』
『俺は、怒ってないし。怒るべき相手は、俺にとってはお前をいじめてた中学時代の悪者全員だし。』
『・・・・・。』
『だから、そんな他人行儀なこと言うなよ。』
『・・・・・。』
『・・・だいたいねー、隈井なんかケムシみたいなもんだから。』
『ぶっ・・・・。』
『だからお前は、ある意味正しいぞ。』
『・・・ふふ。』
『・・・・マジで、俺は気にしてないし。』
『・・・・。』
『気になるのは、自分が今、他所の人から見て、とんでもなく不審人物なんじゃないかという・・・。』
『あはは。』

俺は、ガラッと窓を開けた。そしたら比呂が、露骨におどろく。

『びっくりしたー・・。部屋の電気消えてたから・・・。』
『・・・ずっとみてたよ・・・。比呂の事。』
『・・・・・。』

比呂は、すっと立ち上がって俺に向かって、そっと手を振ってくれた。

『ごめんね・・さむいのに。』
『いやいやいやー。大丈夫。』
『ありがとう・・気持ちがなんか、救われた。』
『じゃあ、お礼に今度騎乗位やらせて・・。』
『やらせん。』
『・・・・・(がくり)』

心の底から支えあげてもらってる実感。
ここまでしてもらって、メソメソしては、人として完全に失格だ。

俺は満面の笑みで比呂に手を振る。
そしたら比呂が『・・かっわいー。』といってくれた。
俺は『大好きだよ。』っていう。
比呂が両手で顔を覆って照れてる。

かわいい!!!

『じゃ、また明日。』
『うん。ありがとう。』
『ちゃんと寝なよ。』
『うん。気をつけてね。』
『はいはい。じゃあねー。』
『おやすみ。』


比呂は『おやすみー。』ッと俺にいった後、携帯を耳から離して
電源切る直前に『なーんでやらせてくんねーのかなー』と
軽くぼやいていたのがうけた。


思い切り聞こえてるんですが!


俺は窓枠にもたれて比呂の事を見つめた。
自転車にまたがった比呂は、俺に手を振って、綺麗に笑うと
そのまま夜道を帰っていった。

俺はその後姿を目で追って、なんか、ジーンときてしまった。

比呂が、ああいう子でよかった。
なんかあるたびに別れ話を切り出すようなヤツじゃなくてよかった。
困難が訪れたら、二人で乗り越えようとしてくれる。
揉め事があっても、その全てが、何一つ別れに直結していかないんだ。

・・・俺は窓を閉めて、自分の頬を触る。ちょっと夜風に触れただけで、こんなに冷たくなっている。
あたためて欲しいな・・比呂の大きな手で俺をあたためて欲しいな・・・・・。
俺はベッドにバフッと倒れこんで、比呂の名前を何度もつぶやいた。


2007/05/19(土) 01:35:22
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