通じる道

さっき比呂に電話したら、伝票整理してるとこだったみたい。
『え?今何時?』って言われたから『8時半だよ。』って答えたら
『あー・・そっかー・・。シャッター閉めるかなー・・。』だって。

『閉店時間7時なんじゃないの?』ってきいたんだ。
なんか前の打ち合わせの時だかに、朝9時から夜7時でやろうみたいなことを
ハルカさんに言われてたの聞いてたから。そしたら比呂が、ケホって咳をした。

『風邪?』『ううん。むせた。』『大丈夫。』『うん。』
何気ないやりとりのあと、比呂が俺の問いかけに答えてくれた。

『この辺の最終のバスが7時半なんだよー。で、自転車の高校生が最後に通るのが、大体8時頃でさー・・
ほら、この辺の道、街灯が少ねえじゃん。だから結局8時半くらいに閉店にしてんだー。』
『へー・・。』
『こないだ自治会長さんが来てさ、頼まれたりもしたし。』
『そうなの。』
『うん。朝も仕入れから帰ってくるとさー、すぐにお客さん来たりするからー・・
開店時間とか閉店時間とか、もー全然わけわかんねーの。』
『そっかー。』
『とりあえず電気が消えてるときとか、シャッター閉まってる時は、そっとしてくれるんだけどー。』
『へえー・・。ちゃんと休めてるの?』
『えー?』
『体。大丈夫?』
『ああ、うん。大丈夫だよ。大丈夫さー・・。』
『・・・ねえ・・比呂ー・・・。』
『んー?』

俺は思わず小声になる。隣の部屋のせおなおに聞かれたら
舌噛んで死にたくなるようなことを、比呂に打ち明けた。

『・・したい・・ね。』
『ん?』
『・・・・・えっち。』

『・・・・・はい?』



『・・・俺ね・・思ったんだけど・・。』
『え?あ?・・ああ・・え?なに?』

俺は思わず涙声になる。

『比呂って・・・誰ともヤらない期間が1ヶ月以上開いたことってないんじゃない?』
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。』
『俺、それに気がついたら不安になっちゃって・・どうしていいのかわかんなくなって・・』
『えー・・でも・・そんなの大丈夫だよ・・・。』
『なんで?』
『だって・・生まれてから・・十何年も・・やらないでいられたわけだし・・』
『それは性的な成長がソコまでいってなかったからでしょ!』
『・・・・・(絶句)』
『俺でさえこんなに体キツイもん・・・毎日自分でヌいてんのにこんなにさ・・。』
『え?まだ俺、一人エッチ禁止されてんの?』
『は?まさかお前シたの?』

『してないです。』



『したんだ・・・。』
『ほんとだって。まだしてねえよ。』
『まだ?!』
『あ・・』
『まだってことは今日するつもりなわけ?!』
『・・・今日は・・特にそういう予定は・・』
『・・・うそだ。するだろ。』
『っていうか・・さすがにもういいんじゃねえの?』
『駄目だよっ。一人エッチだって浮気だよ!』
『でもお前のこと考えながらじゃいいじゃん。』
『・・・・・・・。』
『っていうか、この年でそういうの一切なかったら逆にヤバいだろっ。』
『・・・・・・・ばか。』


ベッドにぱたーんと俺は倒れこむ。もー・・・・。

いつもと同じような会話。高校の頃みたいなやりとり。
なのに、なんでそばにいてくれないんだよー・・なんで比呂が俺のそばにいないの?
くすん・・と鼻を鳴らしたら、比呂が電話の向こうでため息をつく。
『連休・・・絶対来いよー・・。』ってまた言うから、俺は涙声で『うん。』といった。

『横浜駅まで迎えに行こうか?』
『いいよ。店までいけるよ。』
『ばか、大変だろ。』
『大丈夫!もう大学生なんだからね!』
『・・ちょっとでも早く会いたいんだよ。』
『・・・・・。』
『・・わかれよ・・あほ。』
『・・・・ごめんね。』
『・・真に受けんなー・・・』
『へへ・・・。じゃあ・・横浜駅まで迎えに来て。』
『・・・・・っていうか、那央って一人で新幹線のれんの?』
『なにおー!失礼なっ!』
『・・・店がなければ京都までいけんのにな。ごめんな。』
『ううん。いい。大丈夫。だって・・・。』
『・・・・ん?』
『だってこれから何度も通うんだもん。覚えないと。』
『・・・・。』
『っていうか、京都駅までちゃんといければもう新幹線乗るだけだし。』
『・・・・・・うん。』

沈黙。わかってるよ。その新幹線一本の距離が遠い。今すぐ飛び乗って会いに行くのは簡単なんだけど・・
これから先4年間。毎日それをするわけにはいかない。
ちょくちょく行くには遠いけど、絶対会えない場所ではない。そういう距離が俺らを不安にする。
会いたい欲求を絶え間なく俺たちに押し付けてくる。つらいなー・・ほんとにキツイ状況だ。

でも、俺らはあれだけ悩んだ末に、こういう未来を選択してきた。


『那央。』
比呂の声。俺の大好きな彼氏の声。
『・・・ひろ・・。』
『うん。あのさ・・新幹線のチケット送るよ。日にち決まったら。』
『え?いいよ・・・俺、バイトもするつもりだし。』
『そういうのは、友達と遊んだり地元帰るのに使うだろ。俺のとこに来るときは俺が出す。
俺はもう働いてんだから、それくらいさせろよ。』
『・・・でも・・・。』
『あんま無理してバイトいれんなよ。お前は勉強するために大学入ったんだから。』
『・・・・・・でも・・。』
『・・・その方が・・俺も働き甲斐・・あるし・・・。 』
『・・・・・・ありがとう。』

話をしてあたたかくなった心は、比呂との電話を切ったあとも、俺の体を包み込んでくれている気がする。

こういうとき。

俺が弱気になっているとき。比呂は強気な言葉で俺をひっぱってくれる。
普段はふわふわ放し飼いにされてるような俺。でも、俺はやさしい鎖で比呂につながれてる。

その鎖は、俺を縛り付けるためにあるのではなく
俺が道に迷ったとき、しっかり比呂にたどり着けるようにある。
その鎖があるから俺は安心する。迷子にならずにすむんだよ。

あんまり俺が不安になりすぎる時だけ、比呂はその鎖で俺を縛ってくれる。
『浮気すんなよ。』・・・すごくうれしい。

テンションあがりすぎて、顔が熱くなって、少し頭を冷やそうかなって思って、窓を開けて外を眺めた。

たくさんの道。その中の一本くらいは横浜までつながっているかなー・・。

2009/03/29(日) 22:06:13
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