ノータイトル

土日の鬱を引っ張って、学校行くと比呂はまだ来てなかった。

坂口と麦が廊下でオカザイルダンス踊ってたから『おはよう』って声かけて、
その輪に混じって必死に笑う。すこしすると、大声で笑うヒノエに肩抱かれて比呂が来た。
『みてー!こいつ、今日、超一重だぜ!』とか言ってヒノエが比呂の顔を指差す。
ほんとだ・・。いつもは片っぽ一重なのに・・今日は両目とも思いっきり一重。

麦がそれをみて『どうしたー?怖い夢でもみたか?』といって比呂の前髪をあげる。
比呂は、ふふっとわらって麦を見ると『うつぶせで寝てたら、こんなになった。』といった。

その後比呂は、俺と一緒に教室に入って、自分机に荷物を置く。
『泣いたの?比呂・・。』直球でたずねたら、比呂は少し笑って、首を横に振った。
『ほんっとに、うつ伏せで寝てただけで、こんなになっちゃったの。そのうち治るよ。』
・・・一重の比呂も、大好きだけど・・・・。

今日は体育があって、3キロ走だったから、すげえ疲れた。
比呂は、ほぼダッシュみたいな感じで、さっさと3キロ走りきって、後は朝礼台の上で寝てた。
その様子を横目で見ながら、俺、心の奥がチクチク痛む。
精神的に酷く疲れさせちゃったこと、逃避できないほど自覚してるよ。
俺が比呂の神経をすり減らせてる。体育が終わった後、元気なんか全然でなくて、
階段をグダグダ上ってたら後ろから背中をグイって押された。

比呂だ。

『兄さん、3キロくらいでばててちゃ駄目でしょー。』
とか言って笑う。俺は比呂の大きな手のひらに押されて階段を一段ずつあがる。
俺、返事もしないで黙ってた。そしたら比呂が、ふふって笑う
『那央、電池切れかー?』
俺は黙って、こくん・・・と頷いた。

比呂は俺の背中を押しながら階段をあがっていく。
『世話焼けるヤツ〜』とかいいながら、はなうたとか歌っている。
その曲知ってる。ホルモンだろ。恋人の背中押しながら、歌うような曲か?
俺は教室までずっと比呂に押されながら、とぼとぼと歩いた。

昼休み。比呂の一重はすっかり二重にもどってて
前髪を坂口に全部ピンで留められて、めがねまでかけてるからチンピラみたい・・・・・。
飯食ってたら比呂の携帯に電話がかかってきて
『ほんとー?!よかった。ちょ、おばちゃんにかわって?』
とか言ってるから、電話の相手はおじちゃんだってわかった。
席を立って廊下に出て、電話している比呂の姿を俺はじっと見る。

いつの間にか克服した比呂の苦しみ。新しい命の誕生。
比呂は、ちゃんと悩みと立ちむかって、ちゃんとそれを克服していく。

言い逃れの理由は沢山あると思うの。

自分は本当の子供じゃないからだとか、辛い幼少時代をおくったからだとか。
でもそんなのを比呂は逃げの理由にしない。えらいなーとあらためておもう。

その姿に俺はいつも憧れて・・・でも自分はなんも出来ないんだよ。
楽な方に逃げてばかりで、比呂に負担をかけることで安心して。
本音言う前に言い訳が頭に浮かんで、逃げ道を造るのがほんと得意でさ。

でも比呂と喧嘩するときは、比呂が俺の逃げ道をぶち壊してメチャクチャにしてから、
一緒に俺が歩むべき道を探して迷って苦しんでくれる。
高校に入って、ささやかながら成長できたのは、逃げ道を壊してくれる比呂のおかげだ。

比呂がすげえうれしそうな顔して席に戻ってきた。『さや、退院したんだってー。』という。
俺は作り笑顔で、『よかったねー。』って声かけた。
すると比呂は、寂しそうな感じの笑顔で、無言で頷いた後、声に出して『うん。』といった。

食ってるパンの味も感じられない。俺の一連の態度が
比呂のカンに障ってる気がした。実際俺の態度、酷すぎるとおもう。わかってる。
だけど比呂は、ふふって笑う。そんで俺の手をぎゅっと握る。

『なんだよ。もうゼロになったのか?』
『は?』
『残高すくねえとか言ってたじゃん。無くなった?ついに。』

・・俺、比呂をみて・・・泣きたかったけど教室で泣けない。
だから頷いた。必死に涙こらえて、口がへんな風に曲がって最悪な顔で頷いた。

したら比呂がさ・・あははって笑うの。
『どんだけ消費がはやいんだよ。ゼロって、それはさすがにヤバイだろう。』って。
俺、真っ赤になってうつむいたら、比呂が頭をぽんっとしてくれて
『でも、ゼロになったら、後は貯めるだけだな。俺と同じになったんだな。』っていった。

俺は顔を上げた。比呂は笑ってなかった。

『俺、昨夜考えて、思ったんだ。俺が幸せを溜め込めるようになったのは、一旦ゼロになったからだって。』
『・・・・・』
『それがいつ、ゼロになったのかわかんねーけど。』
『・・・・』
『俺のことはいいか。で、お前が今、幸せゼロになって・・結果なんかが変わった?』
『・・かわらない。』
『何が変わらない?』
『・・比呂は俺のそばにいてくれる。』

比呂は笑った。

『ラッキーとかそんなんで、俺はお前と一緒にいるわけじゃないかんね。 』
『・・・・・。』
『俺は俺の意思でお前といる。お前、ソコ、ちゃんとわかっとけよ。』
『・・・・・・・・』
『生活の中で、他にも沢山怖いものがあるだろうけど、俺との事・・
たとえば俺に嫌われるとか別れるとか・・そういうのを、もう怖がんねーでほしい。』
『・・・・・・。』
『それはお前の想像じゃんね。想像。想像に負けないでくれよ。』
『・・・・・。』
『嫌うとか別れるとか、それはもう俺ら2人でなんとかする問題じゃん。』
『・・・・・。 』
『勝手にそんなの想像するなよ。な?俺はそんなもの、何一つ望んでないんだから。』


階段で比呂に押されてた背中の感触がじんわりあたたかい。
そこに風穴が開いたみたく、比呂の言葉がちゃんと俺に届いた。
俺の想像上の比呂は、俺を捨てるし、俺を嫌う。
綺麗な女といちゃいちゃしながら俺の目の前を通り過ぎて、
俺はそれをみながら泣く。比呂はひどすぎる・・って言って泣く。

酷いのは俺のほうだ。
勝手に比呂を悪者扱いして、比呂はなにもしていないのに
何かと不安になる自分の心の弱さを正当化するために
想像上の比呂を悪者に仕立て上げて
で、ぐらついて、比呂の負担になって・・・。

もうすぐ付き合って一年になるけど、いつも比呂はまっすぐに
俺を好きでいてくれた。

俺には幸せな日々しかなかったじゃないか。
自分の幸せをゼロにしたのは俺だ。

俺は、机に突っ伏した。泣き顔を見られたくないから。
そんな俺の頭をひろが撫でる。俺は比呂に言う。
『今ので、半分くらい、一気に貯まった。』
比呂は、それ聞いて爆笑して・・

『案外簡単にたまるんだな。』・・だって。





2007/11/26(月) 23:15:47
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