ノータイトル

・・俺・・あれだけ比呂と話して、昨夜、その現実をうけとめなきゃって
俺が浮気したのが悪いんだから、この別れを受け入れようって・・
決めたのに、それでも比呂が大好きで・・会いたくてたまらなくて
バイトの帰りに比呂が自転車で通りそうな道で待ってたんだ。

会って拒絶されたら嫌だし、もう・・迷惑かけられないっておもったから
気づかれないように顔を見て、そして家に帰ろうと思って・・・。

6時にバイトをあがった比呂は、ヘッドフォンをして店裏からでてきた。
今は系列のカフェのインテリア管理とかの仕事を任されている比呂。
すごく疲れたような顔だった。
俺も、比呂の疲労の原因になっているんだと思うけど・・・。

とっさに建物の陰に隠れた俺の前を、何も気づかずに比呂が通り過ぎる。
自転車をひいて、とぼとぼとあるいて・・元気がなかった。
後ろの髪が、寝癖がついたままで、少しはねている。

俺はそのまま比呂のあとをついていった。
比呂は音楽を聴いてるからか、俺に全然気がつかない。
後姿にすがりつきたくなった。でもガマン・・。ガマンした。

前にも少し、カフェの手伝いしていた時があって、そのときと同じ通り道を
自転車に乗らずに、ひいて歩く比呂。
次の角を大通りのほうに曲がるんだよな・・とおもって、俺もそっちに向かおうとしたら
急に比呂が立ち止まって、数秒その場でうなだれた後、違う方向にまがったんだ。
暗い路地のほう。その道を行っても、週末休みの工場しかない。

・・・もしかして、気づかれたのかな・・っておもって、少し俺も身を潜めてて
時間をおいてそっちにいったら、比呂が・・

片手で自転車のハンドルもって、もう一方の手で涙を拭いながら
泣いてたんだ。背中が震えてて・・・俺・・・俺・・・。

誰もいなくて寂しい道なんだ。そんなとこで比呂が泣いてるんだ。
きっと俺のせいで泣いてるんだ。俺からは泣き顔が見えないんだ。
どうしていいのかわからないけど・・俺は比呂をだきしめたかった。
そんな資格は俺にはないんだけど・・
勇気を出して、俺は歩いた。そして・・比呂の背中を、そっとたたく。

そしたらね、比呂がさ・・露骨に驚いて振り返ったんだ。
目があって・・なにもいえなかったんだけど・・
比呂が俺を抱きしめるのね・・・。自転車が地面にがしゃんと倒れた。

俺を抱きしめた拍子に、少しずれたヘッドフォンから、
HAWAIIAN6の『I BELIEVE』が、聴こえてきたんだ。
一回終わったら、またリピートで、その曲が先頭から始まる。

息苦しくなるくらい強く強く俺を比呂が抱きしめる。
背中が震えて、俺の首筋が濡れた。比呂の涙だ・・・。
俺は、比呂の背中をぎゅっと掴んで、ごめんって言葉すら出ない。

比呂がさ・・ひっくひっくいいながら・・・泣くの。
話そうとするんだけど・・全然話せなくって・・
言葉をいおうとするんだけど・・・泣けちゃって駄目でさ・・
でもがんばって、あいつ言ってくれたの・・。


『なんで・・女なんかとやったんだよ・・。』って。
だから俺、『うん・・ごめんね。』っていった。
『なんで俺以外のやつと、そんな大事な約束しちゃうの?』って。
『生まれ変わっても俺はお前に会いたいよ。何度だって繰り返してえよ。』って。
『お前もそうじゃなかったのかよ。』って。

『お前は俺のもんだ。』そういって、比呂は俺を塀に押し付けて、キスをしてきた。

うん。・・うん・・。そうだよ。俺は比呂のものだよ。

ごめんね・・

ごめん・・・・比呂・・・。

俺は比呂の体にしがみついて、舌を追う。すき。
愛してるよ、ほんとごめんね。ごめんねー・・・。比呂、ごめん。

何度も何度も同じ曲が、繰り返し繰り返し流れる。
この曲を聴きながら比呂は・・いったい何を考えながら道を歩いていたんだろう。
いつもと違う道へ曲がって、あんなふうに寂しく泣いて・・・

そういうのは今日が初めてだったのかな・・
別れていた間に比呂は何度も、悲しい涙をながしてくれてたのかな・・。

俺、色々なことをわかってなかった。
比呂にふられて、すごく悩んで、地獄に一人でいるような
辛くて悲しい気分の日々をすごしていたけど・・
でも比呂の悲しさになんか、全然届かなかったんだろうな・・・。

もうやだ・・

絶対もう離れたくないよ・・・・。

キスをしたあと、比呂の体がぐらっと揺れてその場に膝をついたんだ。
貧血起こしたみたくなって・・俺、ビックリして比呂を支えようとしたんだけど
そしたらぎゅっと抱きしめられた。座り込んだまま抱きしめあう。比呂がいう。

『お前がいないと、どう生きていいのかもわかんない・・
俺の部屋も学校も・・全部お前の思い出ばっかで・・たまんねーよ・・
浮気とか・・乗り越えるとか・・・相手の事を考えるとか・・
もうそんな程度の話じゃねえんだよ・・・』
『・・・・うん。』
『いてくれないと・・俺・・困る・・・。』
『・・・・・うん。』

・・・・うん。

『ずっと俺といてよ。俺のもんでいて。もう無理・・だか・・ら・・』
『うん・・。』
『絶対離れんなよ・・・俺だけみてろよ・・・余所見すんな・・絶対するな。
女なんか見るな。他のやつの体に触るな。したことを振り返るな。二度と思い出すな。』
『・・・・うん・・・。』
『俺らにはいっぱいやることがあるよ。いきたい場所もあるよ。
みたい映画も、買いたいものも、食いたいものも沢山あるだろっ。』
『・・・・・うん・・・。』
『・・・・・俺が全部連れて行ってやる・・欲しいものは買ってやるし・・
飯は俺が食わせてやる・・・そんなの無理かもしれないけどっ・・
限界なんか、そんなもんしらない。お前が泣いてても笑ってても
とにかくそばにいてくれよ・・一緒にいてほしいよ・・』
『・・・・・うん・・。』
『何されたって・・・どうなったって・・・お前がいないことに比べたらカスだ・・・
俺らの邪魔するヤツは俺がぶっとばす。』
『うん・・。』
『・・・・・・・・・だから・・・。』
『・・・・・・うん。』

比呂が俺の背中を抱いていた左手で、俺の髪を少し撫でたら
頭をぎゅっと自分に引き寄せた。
『・・・・・・。』
『・・・・・・・。』
『・・・・お前は・・・・ほんと・・・俺を殺す気か。』
『・・・・。』


・・・俺の心の奥から、ものすごい水量で涙が押しあがってきて
顔をゆがめて俺は泣いた。
『ひろ・・ごめんねー・・・・・。』

あんなに一気にまくしたてるように・・俺・・・文句を言われた離れていたことを責められた

離れていたことを、比呂が必死に責めてくれたんだよ・・

すごくうれしかった。長かったよ・・・・はなれていた日々がすごく長かった。
長かったねえ・・・・苦しかったよねえ・・・・。俺が全部悪かった。ごめんね。


しばらく俺たちはその場で泣いた。
泣きすぎて、お互い貧血みたくなって、体が動かなくて・・
顔を見合わせたら・・比呂は目が腫れてるし・・
俺は顔に比呂の服の跡がついてるしで・・
今度は笑いが止まらなくなって・・・でもやっぱ途中で比呂はまた泣き出した。


自転車を押す比呂の隣を・・俺は歩いた。飯を食おうかっておもったんだけど・・・
『今日はもう・・全部使い果たした感じだから・・・』とか比呂がいうの。
顔色もあまりよくないし、なんか痩せた比呂・・。
『ゆっくり休んでね。』っていったら、ふふって笑って『電話する。』っていわれた。

さっき電話があって・・照れたように話す比呂がいとしかった。
『俺・・さっき・・・すげえテンションあがってさ・・
色々お前に言っちゃったけど・・あんまおぼえてなくてさ
ひどいこといってなかった?ごめんな。』
とかいうんだよ。
テンションあがってさーとかさ、そういう言い方が、いちいちかわいくね?
かわいいよ・・・。

比呂だいすきだもん・・・最高大事だもん・・・

『もう寝るの?』ってきくと『・・・わかんねー。 』っていうから
『寝なきゃ駄目だよ。』っていってやった。

比呂は、ふふっとわらって『・・うん。わかった。』っていった。

その声がかすれてて・・かっこよかった。

俺はもう寝るよ。


早めにベッドにもぐりこんで、一晩じゃとても流しつくせない
うれし涙に溺れるんだ。





2008/03/02(日) 22:45:16
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