『ケンカ』

比呂と浅井が、静かに喧嘩をしていた。部活帰りにみんなで寄ったサニーバーガーで。

4人がけのテーブルに、俺と麦が並んで座って、比呂と浅井が並んで座ったんだけど
比呂がいつもみたいに、サイドメニューのサラダに入ってるにんじんを、俺にじゃなくて
浅井に渡したら浅井が比呂に『紺野ちゃんのにんじん、もう食べてあげられなくなっちゃうね。』って。


比呂はそれを聞いて、浅井の顔を泣きそうな顔で見た後、浅井の二の腕をかるくぱんちして
『バカめがね』って何度も言って、浅井が『やーめーろーよー』って言いながら
比呂の髪の毛を、ぐしゃぐしゃとやった。

2人は頼んだハンバーガーが冷めてもまだそんなことをしていて、
俺はどうしようって思って、麦を見たら麦はそんな2人のことを、
コーラ飲みながら、黙ってじっと見守っていた。

ああ。俺はそれをみて、気がついた。俺もちゃんと目に焼き付けておこう。
比呂と浅井がこうやってじゃれあう残り少ない時間を。
浅井が転校してから、いつか光が丘に戻るまで
この笑い上戸がいなくなっても、何とか日々をやり過ごせるように。


比呂と浅井の喧嘩はエスカレートした。
だからといって、殴り合いになったわけでもなく、
大声張り上げて罵り合ってるわけではない。

『お前みたいなメガネなんか、他の場所でうまくやれるわけがないんだ。』
『お前みたいな寝起き一重男なんか、死んでも忘れてやらないからな』

学年で1位2位を争う笑い上戸のこの2人は、ここ数週間、急に泣き上戸になってしまって
サニーバーガーをでて、俺と比呂、浅井と麦で別れて、それぞれが見えなくなった途端、
比呂は道端に座り込んでしまって、ぼろぼろと道路に涙を落とした。

俺は比呂の背中をさすって、比呂が泣き止むまでそばにいたんだけど
その時麦からメールが来て
<浅井が泣いちゃって、とまんない。今からカラオケで励ますわ。
ってかいてあった。

ピカ工に入ってね、1年満たないのね、俺ら。

なのに、こんなに毎日密度濃く、俺等は友情を深めてこれて幸せだったけど・・だけど・・・
こんなに寂しい別れになるなら、出会わないほうが良かったのかな。

浅井は転勤族の両親持って、これからも色々な場所に引っ越さないといけないじゃん。
こんなにヘビーな別れを体験しちゃったら、これから色々な節目に思い出して
つらい気持ちになるかもしれない・・・。俺はすごく悲しくなって、家に帰った後、
兄ちゃんに相談してみたら、兄ちゃんはしばらく考えた後
『人はやっぱり、気持ちに忠実なのが一番だと思うな。』といった。

『浅井君が、これから先、お前たちのことを節目節目に思い出すとしてもね、
それは、決して心の負担になる形ではないと思うよ。彼の引っ越しを那央たちが、
精一杯思う存分に悲しめばそれが一番だと思う。それが一番嘘のない気持ちだろう?』
『うん。』
『浅井君との別れを死ぬほど悲しむお前らの姿が本物なんて、彼にとって何よりも幸せな事なんじゃないかなあ。』
『・・・・。』
『門出を祝ってあげたくても、笑顔で送ってあげられないこともあるよ。それくらい那央にとって、
浅井君は大切な友達だったんだろう?光が丘に、彼のことをそこまで思っている人間がいるんだよって
心に刻んであげたらいいんじゃないかな。それは何よりの励みになるし、力になると思うな。兄ちゃんは。』

兄ちゃんは、今日は休日出勤で、俺が部屋にいったときは、
スーツのままでぼんやりタバコを吸っていた。

頼りない兄ちゃんだなあと思ってたけど、やっぱ大人なんだなあ。
俺には思いつかないところまで、しっかり気持ちが行き届いている。
俺は色々なことに、しっかりと納得ができて、兄ちゃんの部屋を出ようとしたら
兄ちゃんに『那央』と呼び止められた。

俺が振り返ると兄ちゃんが、俺の顔を感慨深そうに見て
『お前に友達の事で、相談されるなんてなあ・・・。』と笑った。

中三のとき、激しいイジメにあっていた俺。うん・・そうだね。俺は幸せだ。
俺は兄ちゃんに『おやすみ』っていって、部屋のドアをパタンとしめた。

自分の部屋に戻って、比呂に携帯で電話をしたら、
比呂は寝起きみたいな声で、俺の電話にでてくれた。
俺は比呂と付き合っていて、いつかきっと別れる時がくるけど
別れるときのことを考えたら、こんなに愛情を深めていっては
いけないのかなって思うんだ。
でも・・だけど・・無理だねえ。そんなの絶対無理だよねえ。
電話の向こうでぐずぐずと、浅井の話をしている比呂が、
俺にはこんなに愛しくなるもん。もうどうしようもない。

『気持ちに忠実に』と言う、兄ちゃんの言葉を思い出した。
そうだな・・。色々なことがわからなくなったら、
自分の気持ちに忠実に動くしかきっとないんだな。

比呂がこんなに子供みたいにぐずるのは、まさにそういう状況なのかもね。
2007/03/12(月) 00:06:08
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