2006/11/10 (Fri.) 00:09:51

今週は俺の班は外掃除。落ち葉がいっぱい落ちていて、竹箒担当の俺は、わりとあれこれ忙しい。

それにしても秋の空。高くってすごく気持ちがいいな。
落ち葉を一箇所に集めた俺は、塵取り係が来るのを待ちつつ、青く高い空をぼんやり見ていた。

そこに、『ユキムラサーン』といいながら、こんにょがヘラヘラ走ってきた。
比呂は渡り廊下と階段の掃除で、校内だから上履きのまま。
だから、できるだけ地面に足をつかないように、花壇の周辺のレンガの部分と
ところどころにおいてある岩みたいのを、ひょいひょい飛び移りながら、俺のところにたどり着く。

『よ。』
『ふふ。比呂はもう掃除おわった?』
『終わった。あとはホウキ片付ければ終わりー。』
今日もホウキ係だったんだね。ホウキの国の王子様。

『ユッキーっち班って、あと誰だったっけ。』
『小沢もいるよ。あと、加藤とか。』
『ああそうか。あの列だもんね。なんだ、真面目なやつばっかじゃん。』
『そうだよー。だから、掃除も楽よ。』
『俺なんて悲惨だぜ?坂口と斉藤だもん。渡り廊下。』
『あはは。』
『斉藤なんか、濡れ雑巾でキャッチボールやろうとか言い出すし、しょーもねーばか。』
『まじで?でもあいつ、幼稚園の頃からずっと、そんなやつだったよ。』
『あいつ見た目とか超マジメそうなくせに、なんであんななのっ?!!!』
しらねーよ。

斉藤ネタでちょっと話して比呂と2人、ゲラゲラと笑った時、
俺の後ろの木のへんが、不自然にガサガサと動いた。
比呂が、それに気づいて『ヘビかなあ』といって、覗き込む。
すると小さな黒猫がよたよたしていた。また捨て猫かな・・。

比呂は、そっとそいつを両手でやさしく持つ。『ちょっとやばい・・かわいい・・・かわいい。』

比呂は、子猫が大好きだ。初めて子供が生まれたときの、パパさんのようになってしまう。

『どっったの?にゃんこー。迷子さんですかー。』比呂が、猫に頬ずりして言う。
俺は、にゃんこの頭を撫でながら『捨て猫かなあ・・』と比呂に言った。

そしたら比呂が言った。『多分飼い猫だよ。だって、すげえいい匂いする。』

ほんとだ・・。シャンプーの匂いだ。
『洗われてる時に、逃げたんだ。悪いやつだな。さらっちゃうぞー。にゃー!』

めろめろの比呂。
ちょっとしたら、学校よりも低いところにある家のほうから、女の人の声がした。
その声に反応したにゃんこが、きょろきょろしだしたから、比呂がゆっくり地面におろしてやると、
一瞬比呂のほうを見て、にゃんこはぱあっと走っていってしまった。


『早。』

比呂は一言だけ言って、にゃんこが走っていったほうを見ながら柵にもたれて、笑っていた。
本当に・・大好きなんだな・・比呂は。動物とかそういうの・・・。

『ねえ、比呂。』
『なに?』
『比呂って、動物好きじゃん。』
『ああ、ちいさいやつはね。』
『前に捨て猫拾った時に、家を留守にしがちだから生き物飼えないっていったじゃん。』
『うん。』
『生き物飼うの、苦手?』

すると比呂が、俺の頭に手を伸ばす。何かと思ったら枯葉が付いてたみたい。
黄色い葉っぱを一枚取ると、それを吹き飛ばして、話をしだした。

『苦手じゃないよ。苦手じゃねえんだけど、ほら、こないだは猫だったからさ、
家を留守にしすぎると、あれかなあと思って、ああいったんだけどさ・・。』
『うん。』
『でもべつに、ねずみとかなら、飼えそうかなっておもうんだよね。あいつらは、ケージの中で生きてけるから。』
『ああ。』
『ちなみに俺は、妄想の中で、ハムスターを飼ってんだよ。』

はあ?なんだそりゃ。

『ちなみに名前は、ころころ。』
『あはは。なんだそれー。』
『妄想に癒されるー・・』

さっきのにゃんこのぬくもりが恋しいのか、比呂は自分の両手で、頬を包んで笑う。

『でもさ、生き物って死ぬじゃん。それがいやだよね。』
俺は比呂に言った。言ってから、しまった・・とおもった。

両親亡くしてる比呂になんで、生き物は死ぬとかいっちゃうわけ?俺のあほんだら。

比呂は、にこにこしながら、『えーー?』といったあと、
頬を包んでた両手で、小脇に挟んでたホウキをにぎり、剣道の素振りをはじめた。

そんで、俺のほうを見て『んなこと考えたら、なーーんもできねえじゃん。』とわらう。

『生き物なんてさー、生まれたからには死ぬけどさー
どうすごしたってさー、死ぬまでは生きるわけじゃん。』
『・・うん。』
『生きてる間にさー、だれと一緒に過ごすかって、けっこう大事だとおもわねえ? 』
『ああ。』
『俺に飼われたやつは、きっとしあわせだとおもうんだよねー。』
『あはは。なんで?』
『だって大事にするよー。俺、つくすタイプ☆』

・・あーあ。こういう考え方、比呂らしいな。

『もちろん、死んじゃったらやっぱ悲しいよ。でもさ、一緒にいたい気持ちのほうが強いじゃん』
『・・・。』
『自分のそばで、いっつも幸せだったらうれしいじゃんねー。そばにいてくれれば大事に出来る。
俺より先に死んじゃうんだろうけど、見届けられるのは幸せなことだよ。』
『うん。』

『野生のものをとってきてまで飼いたいとは思わないけどさ・・
飼われる為に店にいるやつなら、自分が一緒に暮らしたいと思うよ。』
『そうかもしれないね。飼われる為にいるんだもんね。』
『そう。そういうやつは、誰かが世話しなきゃいけないんじゃん。』
『うん。』
『毎日俺があげる水とか、ひまわりの種とかで、そいつが健やかに育ってくれたら、すげえうれしいよ。』

・・比呂は完全にハムスター設定で、話をしているみたいだ。

『小さいときに、友達が飼っててさ、すげえかわいかったんだ。いまだに思い出す。そいつのこと。』
『よっぽど、かわいかったんだねー。』
『うん。』

俺は思った。それでも・・・それでもやっぱり、死ぬんだよ・・。
ペットが死んだらお前、色々辛いこと思い出すだろ?

すると比呂が、まるで俺の心を見透かすようにいったんだ。

『ころころは、きっと俺より先に死ぬけど、でも忘れない。毎日ころころを思い出す。』
『・・・なんだよ、結局悲しいじゃん。』
『悲しい思いすんのもしないのも、残されたやつの勝手だよ。思い出は2人・・つか、
俺と、ころころの共通のものじゃん。ねずみに記憶が残るのかとかはわかんないけど。』

秋の風が俺と比呂の間を吹きぬけた。
目の前を黄色い葉が舞って、その葉が地面に落ちた時、比呂が言った。

『どしたの、ゆっきー。なんかあったわけ?』
『・・べつに。』
『何またなんか考えてんの?』
『ちげえよ。ただ俺は、比呂がお父さんを思い出して、悲しい思いしてるんじゃねえかって・・。』

・・・・・俺の馬鹿・・。

比呂は、一瞬表情が固まって、でもすぐに、にこっとわらうと、俺のケツをホウキでたたいて、
『エロピンク』といってくれた。・・・頭が下がる。比呂は、空を見た。そして言った。

『俺は・・父さんが死んで悲しかったけど・・でも、何で悲しいかって言ったら・・
父さんのことが大好きだったからで・・』
『うん。』
『あの人にかわいがってもらった9歳までの俺は・・本当に幸せだったんだよ。』
『・・・。』
『・・今もじゅうぶん楽しいけど。』

俺が黙っていると、比呂はいった。

『終わりを怖がって、始まりを拒否するのは幸せを放棄するってことじゃんね。
それに、幸せは悲しみに負けない・・よ。』
『・・・・。』
『・・そう願いたい。俺は。』

俺は、それをきいて、苦しいほどに納得してしまった。
比呂はきっと、ずっとずっと苦しみながら何年もかけてその答えを見つけたんだろうね。
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