2007/5/28 (Mon.) 00:14:21 午後。 生涯初の彼女に、花でも買ってあげようと思って、ユッキーがバイトしてる店に行った。 今日はユッキーは、バイト休みとかいってた。でも、どうしても今日のうちに会っときたい奴がいて。 ドアを開けると、ひんやりとした店内に緑が眩しい。奥の方から聞きなれた声がする。 『ありがとうございます。クロールです。・・あー、こんにちわ。』 ・・・比呂だ。よかったー。休憩時間じゃなくて。 前にあったことがある店長さんが、俺を覚えてくれてて、奥に通してくれた。 電話をしていた比呂が俺に気づいて、立ち上がり、自分の座っていたイスを、俺に差し出してくれた。 『はい・・はい・・。わかりました。在庫分は明日配送します・・・はい・・。』 仕事の話か・・。俺は比呂が差し出してくれたイスに座って、きょろきょろと周りを見渡した。 タイムカードが置いてあるとこのすぐ横にスタッフ全員でとったらしい写真が引き伸ばされて飾ってあった。 ・・・仲いいんだな。みんな。ピンクちゃんも比呂のとなりで、大口開けて笑ってる。俺までつられて笑った。 『ごめんごめん。』比呂が電話を終えたらしく、壁際にあったイスを引っ張ってきて、 それに座って、俺の右手を握った。『おめでとう。まじよかったね。』・・涙が思わずこみ上げる。 『ありがとう・・比呂。一昨日お前が、はっぱかけてくれたから・・ 昨日ちゃんと指輪渡せて・・・ちゃんと気持ちも伝えられたよ。』 比呂は、ふふって笑ってくれた。ほんとに嬉しそうな顔で。 ********* 一昨日の夜中。俺は比呂に電話した。先週彼女の離婚が成立したことを、伝えようと思って。 比呂は離婚を『よかったね。』といった。でも俺は『そうかな・・。』とこたえた。 黙る比呂に俺は言ったんだ。『どんな男だったにしろ・・彼女を失ったそいつの事を考えたら喜べないよ。』 実際そうだった。 そのとき俺は、まだ彼女に対して何一つアクションをとってなかったし、長い間うだうだしてたら、 なんか・・彼女の元旦那に対しても、なんか・・同情の余地があるような気がしたんだ。 少なくとも同じ女を好きになった。あの人を好きになったということは、きっと見る目があったからで ・・そういうあの男が、完全に悪い奴だとは思えなくなってたからだ。 比呂が電話の向こうで少し黙る。そんで俺に言う。 『ちょっとでてこいよ、潤也。お前んち、そこらへん寛大だろ?』 俺は、言われるがままに家をでて、ユッキーの塾の近くの公園に行った。 ブランコに座って比呂がいた。電話じゃわかんなかったけど、すっごく機嫌がよさそうだ。 『よ。ご機嫌だね、比呂。』『まあね。』 『ユッキーと会ってたの?』『バイト一緒だったから、ちょっとね。帰り道で話したりしてね。』 『そうかー。』『そうだよ。』 比呂の隣のブランコに座る。俺は比呂の方をみて謝る。『さっきはごめん。』 比呂はきょとんとした顔で俺を見た。『なにが?』 『なんか・・言葉のあやみたいなあれになって。』比呂はふふっと笑う。でも次の瞬間、険しい顔になった。 『どーすんの、指輪。』 『・・・・。』 指輪を買ったことは、ずっと前に比呂に言ってあった。渡すタイミングを悩んでて、 じゃあ離婚成立したらとかにする?ってことになってたんだ。 『・・・離婚したてで・・・指輪はまずいよね・・。』 『・・離婚したて・・っつっても・・こじれて裁判だかに時間かかってたんだろ?今更したてもクソもねえんじゃねえの?』 『だけど・・・・。』 俺はブランコを一漕ぎする。 『だけどなんかさ、考えてみたら付き合ってもねえ俺にさー・・指輪もらってもしょーがねえんじゃね?って思ってさ・・』 『・・・・・。』 『年も違うし・・家だって隣だし・・俺、その人に潤也くんって呼ばれてんの。』 『・・・。』 『最初っから子ども扱いだし・・迷惑になるとおもうし・・・それに・・』 そしたら比呂に胸倉つかまれた。びっくりした。そんなことされたの初めてだ。比呂が俺に言う。 『何怖気づいてんだよ。あん時俺に言った気持ちはどーなったんだよ。 何を逃げに走ってるんだよ。今はビビッてる場合じゃねえだろ。』 『・・・・比呂・・・。』 『お前が彼女より年下なのとか、住んでる家が隣だのとか、そんなの前からずっとそうだったんじゃねえの? いきなり先週からそうなったのか?違うじゃん。ずっとそうだったじゃん。 離婚成立する前はそんなの何も障害になってなかったのに、そんなもん理由にして、逃げんじゃねえよ。』 ・・・・・・返す言葉がない。 『・・・子ども扱い上等じゃねえか。そりゃそうだ。俺等はまだただの高校生だよ。 でもお前。初めてその人好きになったときいくつだったんだよ。小学生か?もっとガキだったのか? その頃に比べてお前はどうだよ。好きな女の一人ぐらい、もう守れるだろ?少なくとも気持ちの上ではそう願うだろ? 駄目イメージばっか膨らましてんなよ。指輪買ったのはおまえ自身の意思だったんじゃねえの?』 ・・・・。 『・・比呂は・・・比呂はわかんないとおもうよ・・。こういう俺の気持ちはわかんないと思う・・。 女遊びしまくって・・今はユッキーにベタ惚れされてる比呂に・・ こんなに長い間片想いしてた俺の気持ちなんかわかんないよ・・。』 比呂が俺から手を離す。・・そして黙ってしまう。傷つけてしまった・・反射的にそう思った。 でも比呂はそんなヤワな男じゃなかった。 『わかってなかったら何?わかりっこねえだろ、俺はお前じゃねえし。 だったらお前はどうなんだよ。自分のことをほんとにわかってんのか? お前、さっき俺に言ったことを、指輪買ったときのお前に対してもいえるのか?』 ・・・ずきっとした。ど真ん中を刺された気がした。思わず涙がこぼれた。 逃げに走ってる自分のずるさを、一番そばでみてたのは俺自身だ。 比呂は、さっきまで俺の胸倉を掴んでた手で、俺の涙を拭いてくれた。 その手が震えてるから、比呂をみたら、比呂もぐしゃぐしゃに泣いていた。 『どーすんの・・・。また何年も待つの?・・・今度は世界の全部の男がライバルになっちゃうんだぞ・・・。 独身になるって・・そういうことなんだよ・・。』 『・・・・』 『迷惑ってお前はいうけど・・、迷惑になるならないは・・結果論なんじゃねえの? 自分の気持ちを伝えただけで、迷惑になることはねえと思うよ・・・・。』 『・・・・・・。』 『他所の男のモノになっちゃったその人が、今は誰のモノもねえんだよ。 モノとかいうとあれだけど・・・でも・・そういうことじゃん・・。』 『うん・・。』 『昨日今日好きになった人じゃねえじゃん・・。それこそ物心ついたときからずっと好きだったわけじゃん・・・。お前・・。』 『・・・・。』 『その人が初めて男と一緒にいるとこみた時の悔しい気持ちとか。嫁に行っちゃった時の絶望とか、忘れてねえんだろ?』 『・・・うん・・。』 『今度は逃すなよ・・。別れた旦那なんかに同情してどうすんだよ。 鍋の時のお前は、そいつの事を殺してでも彼女を守るって言ってたんだぞ?』 『・・・・。』 『・・・守りたいって言ったのはお前なんだよ?』 ・・それから俺等は2人で押し黙って、しばらくブランコを漕いでいた。 そのあとサニマによって、イートインであたたかいコーヒーを飲んでぼんやりと話をした。そのとき比呂が言った。 『俺・・那央に告られたとき・・すげえ困ったの。そのとき付き合ってた女いたし・・那央は友達だし・・ 第一男の子じゃん・・。とにかく、頭の中では穏便に断ることばっか考えてたの。最初は。』 『・・・うん・・。』 『でも、場所変えて話そうってことになって、俺んちに移動したのね。 ・・俺は何とか断る方向に話をすすめようとしたんだけど・・那央が泣きながら俺に好きって言ってくれたわけ。』 『・・・・。』 『那央にさ・・ちょっと考えさせてって言ってさ・・じゃあ帰るねってことになって・・那央を玄関で見送ろうと思ったんだけど なんか名残惜しかったの。で、結局家の外まで出て、門の外まで出て、見送ってたのね、俺。』 『・・・・。』 『あいつの姿が見えなくなるまで、見送ってたのね・・・。あんだけ必死に断ろうとしてたのにねー。』 『・・・・・。』 俺は両手で包むように持ったコーヒーカップをじっと見つめた。 ・・そして、今日比呂に言われた事を、全部心でリピートした。なんだか胸の奥が痛かった。 彼女の笑顔ばかりが、頭を過ぎった。 翌朝、俺は部活に行く前に、いきおいで彼女に指輪を渡した。 気持ちをうまく言う自信がないから、手紙を書いた。へたくそな字だけど。 生まれてからずっと隣人で、ずっと年下だった俺に、告られた彼女はきっと迷惑に思うだろう。 彼女にその場でふられるのが嫌だから、『ごめんなさい。ずっと好きでした。』とだけ言って、すぐ走り去ろうとした。 そんな俺の後姿に彼女が『今日の11時に・・・』と・・2人きりで会う約束をしてきたんだ。 その足で部活にいった。駐輪場には比呂の自転車はなく、ユッキーの自転車だけおいてあった。 とりあえず柔道着に着替えて、また体育館の方に行くと、ちょうど比呂がタラタラとバッシューもって歩いてきたんだ。 『渡した。』『は?』 『渡してしまった。』『え?』 『手紙までつけてしまった。』『・・・・・・。』 『どうしよう・・俺字が下手なのに・・。』『・・・・・!!!!』 そこで比呂は、俺が言わんとしてることに気がついてくれたらしく 『まじでー!!大丈夫大丈夫!俺はお前より字が下手だけど、生きていくのに支障はないから!!』 半分パニック気味な比呂は、わけのわからないことを言う。 そのあと、そばに来たユッキーを呼び止めてくれて、で、比呂は部室にいってしまった。 ユッキーに、自分の片想いについて簡単に話しをした。一番の親友に、その事を伝えることができて肩の荷がおりた。 11時。約束の場所にいくと、彼女が店の前で待っていてくれた。 俺が渡した袋を持ってる。つき返されると思って覚悟した。でも、彼女はそれをつき返さなかった。 店に入り互いに飲み物だけ頼む。飲み物はすぐに来て・・それから俺は、夢のような事を彼女に言われるのだった。 ずっと・・。もうとっくの昔から、俺が彼女に片想いをしてることに気がついていたそうだ。 初カレができたときも、結婚をしたときも、心のどこかに俺の事がふっと浮かんできたそうだ。 家の前とかで会うと、顔を赤くしながらお辞儀をする俺が、ずっと気になっていたそうだ。 ・・だけど・・・どうなることもないだろうとおもってたんだって・・・。自分が俺よりもずっと年上で・・・ 俺とどうにかなってしまったら、俺の家族に申し訳ないと思ったから。 だけど、俺に告られた時、嬉しいって思ってくれたんだって。手紙も何度も読んでくれて、嬉しくて泣いてくれたんだって。 『小さい頃から潤也くんをずっとみてきたからわかるの、潤也くんは・・私より年下だけど・・ 私よりずっと大人っぽくて、頼りがいがあって・・・守ってもらえる気がしたの・・。だから・・・。』 そういうと、彼女が俺に両手を差し出した。 『指輪つける指は潤也君が決めて?』 俺は迷わず左の薬指に指輪をはめる。 『・・・もう他の男に渡したくないから・・その指予約ってことで・・・。』 精一杯で真っ赤になってる俺に、彼女は嬉しそうに笑ってくれた。 ******* 俺の報告をせかすことなく、黙って聞いてくれた比呂。 『よかったね。』それ以外のコメントは特にない。そういうのが、比呂らしいなとおもった。 『花を買ってあげたいんだけど。』そう伝えると、比呂が笑顔でうなずいた。一緒に花を選んでくれた。 花を選びながら比呂が言う。『なんか・・那央と付き合い始めたときの事思い出すなー。』 『・・そう?』 『うん・・・。なんか思い出す。俺も那央に花でも買ってやろうかな。』 『会うの?今日。』 『ううん。今日はバイトが終わりまでだから、遅いんだよ、俺。』 『そう。』 『でも花渡す時間くらいある・・かな。』 ・・・ユッキーが・・ユッキーがいつも幸せそうに笑ってる理由がわかった気がした。 俺も、比呂みたいな自由さで、彼女を大事にしていきたいなあ。 |
||||
NEXT |