2008/9/28 (Sun.) 23:38:10

数年ぶりに・・佐藤君に会った。椿平の病院。まさか彼に会うなんて。
病院の待合室で主人を待っていたら
彼が隣の科の診察室からでてきて私は息が止まる
思わず立ち上がってしまった私と、目があった佐藤君は呆然と立ち尽くした

*****

『ひさしぶりだね。』『・・・・。』

病院のホールのベンチに座ると、私は彼に話しかけた。
・・・・手が震える。大好きだった彼は、すっかり大人になっていた。

『・・病気なの?ここに通ってるの?初めて会ったね。』
小さな声で言うと、彼は私よりもっと小さな声で
『・・・亜子さんは?』
と私に言う。

『どこか調子悪いんですか・・?』

・・・敬語が悲しい。私は首を横に振る。

『友達を待ってるの。ここで働いてるから。』
『・・・・・。』
『一年前くらいに椿平にもどってきてね。それからちょくちょくここにくるのよ。』

とっさに嘘をついてしまった。

『佐藤君・・。髪、黒くしてるんだね。』
『・・・・・。』
『・・佐藤・・じゃないか・・。紺野くん・・。』
『・・・・・・。』
『・・・ほんとに・・・大丈夫?どこか悪いの?』
『・・・・・・。』
『・・・・・・。』


比呂・・・と呼びそうになる。
彼と体を重ねる時・・私はそのときは彼を名前で呼んでいた。
普段、彼を必死に生徒扱いしようとしてたのに、彼に抱かれると、なしくずしになっていた。


『・・・俺は・・・。』
『・・・・。』
『・・ただ・・健康診断にきてただけです。』
『健康診断?』
『・・・・。』

大好きな彼の声。ああ・・でもあの頃よりも・・少しだけ低くてかすれてる。
目の前にある彼の左手をみる。どんな時でも私を離さずにいてくれた彼の左手。
たくましくなったな。大きな手。指輪は無い。彼女はいないのかなあ・・。

・・・私は今もあなたが好きだよ。

佐藤君と目があった瞬間。とっさに結婚指輪を外した。
佐藤君と別れて・・なにもかもがどうでもよかったとき
父の主治医だった先生に優しくしてもらって結婚をした。子供はまだいない。
主人はやさしくて・・私を大事にしてくれる。

それでも・・・
それでも私は佐藤君のことを一瞬も忘れたことはなかった。
酷い女だと自分でもおもう。でも・・・愛する気持ちはコントロールできない。

胸の奥からこみ上げるような気持ち。ドキドキとする。
でも、もうすぐ主人が診察を終え診察室から出てくる時間。

私は佐藤君に勇気を出して聞いた。
『・・彼女・・できた?』

すると佐藤君が私を見て
『先生は?』
ときく。私の胸がズキっと痛む。

『ずっと1人よ。』

嘘をついた。いえなかった。どうしてもいえなかった。
でも、佐藤くんは私にいった。

『俺は・・付き合ってる人と・・卒業したら結婚しようとおもってます。』


全身の血の気がひいた。


結婚・・・佐藤君が・・・。

平静をたもとうと必死に笑う私に佐藤君はにこりともせずに話す。
『今日は・・・たまたま・・こっちの病院にきただけで・・
普段は光が丘の病院で検査とかしてもらってるから・・
もうここに来ることはないから・・・・・。』
『・・・・うん。』
『・・・先生が・・元気そうで・・・よかったです。
あのあと・・・友達から・・・先生が学校を辞めたって聞いてたから・・・。 』
『・・・・うん。でも佐藤君のせいじゃないよ?家の事情だったの。』
『・・・・・・』


・・これ以上はなしをしてしまったら・・涙を堪えきることができない・・
そうおもったから私は立ち上がった。

『じゃあ、そろそろいくね。』

佐藤君も立ち上がる。私は佐藤君の顔をじっとみる。
大好きな顔。毎日思い描いていたあの表情よりも
ずっとずっと大人になったね・・・。

『元気でね。』

精一杯がんばっても、その一言を言うだけで精一杯だった。
佐藤君は私に何も言わず、おじぎをしてそのままいってしまった。


・・・私は・・

学校と佐藤君の保護者の方たちに説得され、彼との別れを決意した。
彼のためだとおもったし、それが最善策だとおもった。
でも別れのあとの絶望感にたえられず毎日毎日泣いて過ごした。
世の中のどこを探しても彼のかわりなど1人もいない。
わかっていたのに、あれほど悩んで決めたはずの覚悟は容易に砕け散った。

声が聞けないこと、笑顔を見ることが出来ないこと、
ちゃんと今日一日を無事に過ごしているということを確認できない不安・・
自分で選んだ別れなのに、一人で歩いて新しい世界で生き、進んでいく現実を
私自身の足が拒んだ。だってあんなに幸せで、あんなに愛しくてたまらなかったのに。

そのままベンチにこしかけて、我慢していた涙を流す。
あの頃の佐藤君は私が泣くと、心配そうな顔でのぞきこんで、いつまでも背中を撫でてくれていた。

中学を卒業したら・・生徒と先生じゃなくなるから色々なとこに行こうって・・屈託なく笑ってくれた。
大切に大切に私を抱きしめて、大切に大切にくちびるを重ねて
ゆっくりと彼が育んでくれた愛は私の心の中でだけ・・いつまでもくすぶり続けている。


本当のことをいえなかったのは・・まだ佐藤君のことが大好きだからだよ。
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