ひろちゃん


比呂が帰ってきた。

今日は俺、朝からすげえ最悪でさ。
電王みのがすし、ワンピはDVDとりのがすしでさ、最悪だったの。
こんなに不幸続きだから、比呂はもう山梨から帰ってこないんじゃないかって
不安になって泣けちゃって・・・。

彼女と喧嘩して、今日はデートナシのため家でずっとゲームやってる
央人にいちゃんのゲームの邪魔して、嫌な予感を紛らわせてたんだけど
2時過ぎに家の呼び鈴がなるの。

そしたらそれが、比呂だったんだよ!!!

母ちゃんが玄関先に出て、『あらー。紺野くん、こんにちわ。』とかいう。
俺、ダッシュで居間から玄関に行くと、なんかちょっとだけ気だるそうに笑う
比呂が俺に手を振ってくれる。

比呂が俺の母ちゃんに『・・あけまして・・おめでとうございます。』っていって、
お辞儀すると、なんでか央人まで出てきて、いまだに正月気分が抜けない父親が
酔っ払いながらでてきたりして、なんかあんな感じだった。

比呂VS幸村家・・・

俺は岩手から帰って以降、玄関に脱いだまま放っておいて上着を羽織ると比呂を連れて
近くの公園にいくことにした。・・たく・・・。どんだけ比呂が好きなんだよ。俺の家族・・・。

公園は、それなりに人がいて、小さい子を連れた若いお父さんやお母さんがいっぱいいた。
遠目にそれを見ながら俺と比呂は、空いてるベンチに座って話をする。

『はい。土産。』
『わーー。なに?』
『おばちゃんち近所のパン屋がさー、すっげーうまくてサイコーでさ。』
『みてもいい?』
『ああ。いいよ。』

センスのいい感じの袋を開けると、夢みたいに美味しそうで、
でもシンプルなパンがいっぱい入ってた。

『・・・これ、俺に?』
『うん。お前んち家の人んちにも?』
『・・ありがとー・・・・。』
『・・・ふふっ。』

俺は一個だけ、小さめのクロワッサンを取り出して頬張った。

すっごいおいしい。バターの匂いと、サクサクする音。
なにより比呂がこれを買ってきてくれたってことが最高にハッピーだった。
無言で食う俺を見て比呂が、立ち上がり近くの自販にいって
コンポタかってきてくれた。あっついけど、これもおいしい。

比呂は自分にはコーヒーを買って、それを一口飲むと、俺を見る。

『那央んち家族のひとっちって、ほんと仲いいよねー。』
って。・・・・そうかな。うるさいだけだと思うけど。


『サヤくん、どう?』
『ああ。サヤは元気。かわいいよー。』
『いいな〜。弟〜☆』
『・・・だけど、こっちに戻る時、山梨のばーちゃんが泣いちゃってさ。』
『・・・・・・そう。』
『うん。』

比呂が空をみあげる。

『考えてみたら、あの人たち2人とも、山梨の人なんだ。』
『・・・・・。』
『だから、向こうにはいっぱい親戚も友達もいてさ。』
『・・・・。』
『帰りの車の中で・・色々と考えちゃったよ。やっぱ』

・・・疲れた感じの比呂。・・・そうか。そういうことか。

『何か言われたの?』
膝の上をパンくずだらけにした俺は、泣くのガマンして比呂に聞く。
会えただけで嬉しいのに、また比呂が悲しいことと一人で戦ってる。
幸せなのと切ない気持ちと、そういうのが入り混じってたまんなくて、
じーんときちゃったんだ。相変わらず俺は無力なまんまだし。

『・・・・。』

比呂は無言で、首を横に振る。でも、珍しく溜息をついた。
目頭押さえて、本当に困ったような顔・・・・。胸がズキっとする。
前に、おばちゃんが妊娠したときに、比呂はすごい混乱しちゃったんだけど
そのときみたいな感じにも見えた。困り果てちゃってる感じ・・・・。

『あの人はさ・・・。』比呂の声。かすれてる。俺は比呂の顔をじっとみる。

『俺が生まれたから、あの人は、静岡に住んで仕事とるようになったのね。
あの人はフリーカメラマンだから、拠点はどこでもいいわけ。』
『・・・うん。』
『おばちゃんが静岡にいるのは、あの人と結婚したからなんだ。』
『・・・・・。』
『ほんとはさ、俺が養子にはいるとき、山梨にいくハズだったんだけど・・・。』
『・・・・・。』
『俺、おっ君の墓から離れるのが嫌で・・・。山梨行く位なら死んだ方がマシだと思って・・・。』
『・・・・え?』

そんなのおれ、聞いたことない。

『遺書書いて、薬で死のうとしたんだ。・・・・結局たすかっちゃったけど。』
『・・・・・・・。』

また溜息をつく比呂。下唇をかみしめてる。
『で、病院に俺が入院してるあいだに、おばちゃんとおじちゃんは話し合って
こっちに住むことに決めてくれたんだ・・・。おばちゃんは、こっちにも友達がいたりしたみたいでさ。』
『うん。』
『でも・・ほんとなんか、悪かったなーって、今日、しみじみそれを思い出してさ。』
『・・・・・。』

比呂がコーヒーを飲む。そんでうつむいて、また溜息。

『親戚の人とかが、泣いて見送るの。で、俺に懐いてくれたヤツとかも、泣いてくれてさ。』
『・・・・。』
『俺、そういう経験、ないじゃん?親戚とかそういうのって初めてだし。』
『・・・・・。』
『俺。おっくんの親戚にはすげえ嫌われてるから、ろくに会ったことないの。』
『・・・・・。』
『じいちゃんとばあちゃん以外にはさ、殆んど会ったことねえし・・』
『・・・・・・・。』
『だから・・・ちょっとあれだった。・・・くらったなーっていうか・・・。』
『・・・・・・。』
『俺が一人でこっちに帰ればそれが一番よかったのにって・・・。』
『・・・・比呂・・・・・。』


よっぽどきつかったんだろう。すごくストレートに、自分の苦しみを俺に話す比呂。
俺の心に、ひとつどうしてもひっかかることがある。

『・・ねえ比呂?』
『・・・・なに?』
『・・おじちゃんと・・・無理に距離をおこうとしてねえ?』
『・・・・・・は?』
『・・・・・おじちゃんのこと・・・、さっきから何度も、あの人って言い方してるよ?』
『・・・・・・。』

言葉に詰まる比呂。

『大丈夫?』
『・・・・ごめん・・・。』

俺に謝らなくてもいいのに・・。

比呂は、大きく溜息をついて、また黙ってしまった。

『比呂ー・・・。』
『・・・・・。』
『サヤ君・・・かわいい?』
『うん。』
『おじちゃんと、おばちゃんの事は好き?』
『・・・・・・・・うん。』
『なら、それが一番大事なことじゃん。比呂は子供なんだもん。』
『・・・・・。』
『比呂が抱えることじゃないよ、それ。周りの大人が考えることだよ。』
『・・・・・・・。』
『・・・おじちゃんと、おばちゃんが、出した答えが光が丘で暮らすってことなんじゃん。』
『・・・・・・。』
『ここには俺もいるよ?比呂がいないと死んじゃう俺がいるよ。』
『・・・・・・・。』
『自分を責める考え方、やめよ?俺は比呂がここに家族みんなで帰ってきてくれて、嬉しいし・・・』
『・・・・・。』
『たまに帰ればいいんだからさ、山梨には。ね。』
『・・・・・・。』
『・・・・・俺をたよってくれてありがとう。』


・・・話してるうちに俺・・・、すっごいわけわかんなくなっちゃうのね。
全体的にみたら、きっと、文章めちゃくちゃだとおもうんだ。
でも比呂には伝わったようで、ありがとうって言って笑ってくれた。

辛くって困って、どうしても俺に会いたかったって。
ああ・・・。ちゃんと俺たち、築き上げていけてるな。
愛情とか絆とかそういう、すごく尊いものを。

俺のさもない話で比呂の苦しみが拭えたとは思えないけど
そこが比呂のすごいところと言うか、ちゃんと元気になってくれた。
サヤに会わせたいって言われたから、比呂の家に少しだけ寄った。
そしたらすげえかわいいの。血もつながってねえのに、なんでか
比呂にすごい似てるんだよ。メチャクチャ愛しい!!!

おじちゃんが抱いても、おばちゃんが抱いても、わんわん泣いてたのに、
比呂が抱くと泣き止んでかわいいんだ。比呂がなんか、お父さんみたいにみえる。
『見て。まつげとか、すげえ細かいんだぜ。ほっぺとか、超かわいいらー。』
大きな悩みを抱えていながら、それでも比呂は優しく優しくサヤ君を抱く。

『お兄ちゃんって呼んでみ?さーやー。』
『あーうーって言ってみな?あーうー。』
とか言ってデレデレしてる比呂を笑って見ながらおじちゃんが
『もうずっとこれなんだよ。どうしようもない、兄バカだよね。』
って俺に言った。

・・大丈夫だよ比呂。場所なんか関係ない。
ここがお前ら家族の住む家だよ。だってこんなにキラキラしてるもん。


帰り道、比呂に送ってもらいながら、俺たちは色々話をした。
俺としては、自殺未遂の事を詳しくしりたかったけど、
その話は、比呂から言ってこない限り、俺から聞くのはやめようと思う。

人のいない通りでは、手を繋いで歩いた。俺は比呂に言う。
『俺、せっかく悩みとか相談してもらっても・・的外れなことばっかいってごめんね。』

そしたらさ・・比呂が俺の手をぎゅっと握っていうの。

『那央が、俺のこと、考えてくれる・・それだけでじゅうぶんなんだ・・。ほんと。
俺・・、嫌なのね。悩みを打ち明けるのとか・・。ほんとに大嫌いでさ。』
『うん。』
『・・・でも、やっぱ・・結局駄目男は、所詮駄目男っていうかさー。』
『なにそれ!比呂は駄目じゃないじゃん!』
『いや・・最近さー・・無理無理無理・・って思うことが多くて・・・。』
『・・・・・。』
『・・・・・気がつくと那央の携帯に電話してたり・・今日なんか家までいっちゃうし・・・。』
『・・・・・。』
『好きな人に頼れるのは・・・すっごい楽だよ。楽って言うと、なんかあれだけど。』
『・・・・・・。』
『ほっとした。お前の顔見て。那央がいるだけで、すごい安心する。』
『・・・・。』

かすれきった小さな声で、嬉しいことばかり言う比呂は、俺の手をぎゅっと握って歩く。
ああ、きっと・・・この声は俺だけに届いてるんだな・・・・。
耳を澄ませて俺は、比呂の言葉を呼吸音までもらさずに聞く。

『・・・俺・・何回も・・山梨に戻ろうよって言おうと思った。
車の中で何度も何度も、言いかけて、でもやめた。』
『・・・・。』
『俺、帰ってきたかったんだ。ここに。友達もお前もいるここに。』
『・・・・・・。』
『ここじゃないと、やっぱり俺は無理なんだと思う。』
『・・・・・・。』
『那央がいるから俺・・・・・。』
『・・・・・・・比呂・・・?』


涙をぽろっと流すと比呂はそれを拭う。

『・・・・どうしても帰ってきたかった・・・・』

・・うん。

うん。ありがとう。


比呂が泣くから俺は、泣かずに比呂の背中を擦る。
比呂は、俺と違ってさ、ほんとたまにしか泣かないけど・・・。

比呂が話して、俺が聞く。それだけで比呂は救われるんだって。
すっごい無欲な子だなーとおもうけど・・・
それってすごい大きなことなんだよって、比呂は言うんだ。

家に帰ってから俺、今日の幸せを誰かに話したくて
小沢に電話したんだ。
呼び出し音が鳴ってるとき、比呂の言った意味がわかった気がした。


自分の思いを、話せる人がいて、その人が自分の話を
ちゃんと聞いてくれるってことのすごさ。

・・・・小沢が電話にでた瞬間、俺、感動のあまりボロ泣きしてた。
俺が泣きやむまで、『だいじょぶかー?』とかいって、せかさず待っててくれる小沢。


ちゃんと気づかないといけないことなんだよな。こういうの。
見逃してる大事なことが、俺にはいっぱいあるなーとおもった。
でも愛する人とは、心通じ合えてる。

守っていこうとおもうよ。大切な人のやさしい気持ちを。










2008/01/07(月) 00:11:03
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