2006/7/19 (Wed.) 00:20:34

『今日、バイト何時上がり?夜、電話するよ。』

学校の帰りに比呂にいわれた。
たいした用じゃないんだろうなって思いつつも、とりあえず電話を待つ。。

でも、20時過ぎても23時を過ぎても、比呂から電話がかかってこない。
今日は学校も半日だったし、バイトも早く終わるっていってあったのに。
俺は家に帰っていたが、心配で比呂の家に行く。
携帯も自宅電話も繋がらないから、不安にかられて自転車をこいだ。

紺野の家の電気は消えていて、比呂の部屋だけ明かりがついている。
自転車はちゃんといつもの所にとめてあった。
おじさんとおばさんの車が二台とも無い。二人はどこかに出かけてる。
もっともこいつのおじさんは、ろくに家にはいないけど。

呼び鈴を押す。数回おしても反応が無い。
ドアノブを握ると、鍵がかかっていないことがわかった。
『紺野ー。あけるよー。』といって玄関を開ける。
すると、二階に続く階段でぶっ倒れている比呂がいた。

慌てて俺は靴のまま比呂に駆け寄った。比呂を抱き起こすと、体が冷たい。
反射的に口元に頬をよせると、呼吸はしているのがわかった。
俺は救急車を呼ぼうと思ったが、それをやめて浅井に電話をした。

『紺野が家で倒れてた。俺、病院連れてくから留守番してほしい。』

浅井は、すぐに『わかった。すぐいく。』といって電話をきった。

俺は比呂の体をさする。比呂の体が少し震えてるのがわかった。
だから俺は、とりあえず靴を脱いで、比呂の部屋にいき布団をもってくる。
そして台所のところを通り過ぎる時、ある光景を見て愕然とした。

散乱する錠剤。なんかの薬が入ってた空き瓶。
割れたコップ。飛び散ってる水。

すると玄関が勢いよく開いた。

『比呂っ!!!比呂っ!!!なんだよちょっと・・むぎー!!!むぎ!!』

空き瓶をズボンのケツポケットに入れあわてて俺は玄関にいく。
そこには浅井が比呂にすがり付いて、狂ったみたいに比呂を呼んでいた。

『ごめんな、浅井。』
『なんだよこれ・・。比呂、意識ねえじゃん。』
『よくわからねえんだ。とにかく病院運ぶ。お前おじさん達が来るまで留守番しててよ。 』
『わかった・・。あのさ・・。』
浅井は声も体もがたがた震えている。
『父さんに連れてきてもらったんだ。こんなじゃチャリじゃ無理だよ。車できたから、送ってく。俺が付き添おうか?』
『ああ・・あのさ、俺の母親が救急センターで働いてるんだ。今日も病院にいるから、俺が行って説明する。』

浅井はこくっとうなずいてくれて、俺と浅井で比呂を浅井んちの車に運んだ。
初めて会う浅井のお父さん。そして俺に抱きかかえられて意識失っている比呂。
もうなんだかわけわかんねえよ・・・。混乱しすぎて涙もでねえ。


病院に着くと俺の母親が素っ頓狂な声を上げる。
『あんたなにしてんの?!』とかいうから、事の成り行きを説明した。
すぐに先生が診察してくれて、比呂は胃洗浄をすることになった。
浅井のお父さんが、比呂の家にいって、浅井と留守番してくれることになり、
俺は一人で比呂に付き添うことにした。

処置中、俺の母親が俺のところに来る。
『麦・・。あの子、これで二度目なのよ。』
俺は母親の顔を見る。言ってる言葉はわかるんだけど、言ってる意味がわからない。
『あの子、椿平から越してきた子でしょ?』
『あ・・ああ・・。そうだよ。』
『中学生の時、鎮痛剤を飲みすぎて、救急車で運ばれてきたことがあるの。』

・・・・は?誰がが?・・・紺野が?そんなの聞いたことねえけど?

話を呑み込めない俺。処置室の青いランプが消えた。
比呂がベッドの上で眠ったまま運ばれる。
比呂がのんでいた風邪薬は、あと数錠で致死量だった。

浅井のおじちゃんが浅井の担任に電話して、先生経由で比呂んちの担任の先生に話がまわった。
雨宮先生が普段着で、あわてて病室にかけこんできた。

『佐伯・・。大丈夫か?』
先生が来てくれた・・・比呂のことを知ってる大人が来てくれた。
体の力が抜けた俺は涙が止まらなくなる。
『紺野さんに連絡取れたから。すぐにきてくれるから大丈夫だよ。』

雨宮先生と二人で、俺は比呂に付き添っていた。雨宮先生が比呂の頭を、ずっとずっと撫でていた。
そのうちに廊下で話し声がして、比呂んちのおじさんとおばさんが来た。
『比呂!比呂!!』とおばさんが泣いている。

そこでやっと比呂が、うっすら目を明けた。
おじさんが比呂を抱きしめた。おばさんが比呂の頬をなでて、すげえ勢いで泣いていた。
比呂はもうろうとしていて、何も話をできないみたいで、また目を閉じて眠ってしまう。
医者の先生がおじさんとおばさんを連れて行ったから、俺はまた雨宮先生と二人で比呂をじっとみつめた。

雨宮先生が、ガタッと席を立つ。
『飲み物でもかってくるよ。』といい、俺の肩をたたいて病室を出た。
比呂と二人。俺は比呂の頬に手の甲を摺り寄せた。
あたたかい・・・。あたたかかった。よかった・・。比呂に体温が戻った。

よかった・・・。ほんとによかった・・・。

比呂がゆっくりと目を開ける。そして俺を見ると、またゆっくり目を閉じた。

大好きな比呂の、かわいい寝顔。
『あと数錠で致死量だった』という言葉を思い出したら、俺は全身に震えがくる。
涙がでて止まらない。なんなんだよ。おまえはよお。

昨日は映画であんなに感動して、今日は今日で学校で普通に笑ってたじゃねえか。
あんな映画を観た次の日に、こんなことになってんじゃねえよ。
ばかじゃねえか?どうする気だったんだよ。

声押し殺して泣いてたら、雨宮先生が戻ってきて
俺にコーラ。自分用にコーヒー。そして、紺野の枕もとに、ファンタをそっとおいた。


みんな知ってるんだぞ?お前のファンタ好き。
なのに俺にはちっともわからねえよ。お前は何を抱えてるんだよ。
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