2008/7/16(Wed)22:49:30

昼休み、亜子先生の夢を見た。亜子先生と将来の話をした時の夢だった。
早く就職して一緒に暮らしたいだとか、子供は何人欲しいとか・・。
そんな話を俺は、とても幸せな気分で亜子先生に打ち明けていて、
亜子先生は嬉しそうな顔で、泣きながら俺の話を聞いてくれていた。

夢の中で俺は、とても安心をしていて、違和感なんか何も感じなくて
目の前の亜子先生のことを、あの頃と同じように大好きだった。

なのに突然思い出が消えて、亜子先生と別れた日の思い出に変わった。
自分の非力さに打ちのめされて、俺は大好きなあの人を失った。

ぱっと目を開けると曇り空が広がっていて
呼吸がおかしくなって苦しくて、周りを見渡したら麦と目が合った。
そのあと小木矢と目が合って,潤也と目が合って那央と目が合った。
那央が不安そうな顔で俺に駆け寄る。

那央ちゃん。

俺、今も亜子先生のことが大切だ。

俺の声を、俺の声としてほめてくれて、認めてくれた。
俺の命は俺自身の人生として、大事に生きなきゃ駄目だといってくれた。
俺のことを大好きだって、何度も言って抱きしめてくれた。
気がおかしくなって薬のみまくって家で死に掛けてた時
窓ガラス割って家に入ってきて、口に指突っ込んで薬を吐かせてくれたのも彼女だった。

俺は、なんかよくわからない家族に囲まれて生きて
やっぱりどこかでクタクタで、大人の気をひこうと自殺の真似事ばっかしてた。
でも、亜子先生は俺が何もしなくても、俺のことをいつも見ていてくれてたんだ。
全然関係ない赤の他人に、愛してもらえたのは生まれて初めてだったから

亜子先生は、どうしても特別で、この先もずっと大切な人。
あの頃の俺を思い返してみると、俺はあの時の俺なりに精一杯彼女を愛していたように思う。
亜子先生は、そんな俺に頼るようなふりをしながら、上手に俺を支えてくれていた。
俺は亜子先生を一生懸命まもっているつもりが、結局彼女を傷つけてばかりだった。

那央・・。

那央ちゃん。

お前は、そんな亜子先生との思い出が終わった後、俺と出会って俺を好きになってくれた。
色んなモノに後悔してばっかだった頃の、情けない俺を好きになってくれた。
亜子先生もよく泣いていたけど、お前はもっともっと泣いてばっかで
そんなお前に『好き』って言われたら、俺もお前を好きになっちゃったんだ。

那央と亜子先生とは全然タイプが違って、俺、最初すごく戸惑った。
なんで亜子先生とは全然違うユッキーを好きになったんだ?って。
それは俺にとって、那央が男だとか友達だからとか、
そういうのよりも大きな問題で、自分の中で高い壁になった。
亜子先生以外の人を、好きになるなんてありえなかったし、
那央のなかに、亜子先生と同じ何かを、求めて探し出そうとしてた時期もあった気がする。

でも、那央と亜子先生は、結局なにもが全く違った。
その違いが今のこういう気持ちを、育んでくれたんだと感じる。
亜子先生が、亜子先生であるように、那央はやっぱり、那央なんだ。

今日、亜子先生の夢を見て、混乱して動揺して
岸先生に相談しに行ったんだけど、少しだけ話をして相談をやめた。
かわりに空をぼんやり眺めて、俺は一人で考える。

俺は今、那央のことが大好きで、何よりも大切に思ってる。
けどそう思ってしまうことは、あの時俺が幸せにしてあげられなかった亜子先生に対して
あまりに無責任な感情なんじゃねえの?って・・
心の中でまだ昔の女のことを、大切に思い続けてることは
毎日毎日、那央の事を裏切り続けてしまっていることになるんじゃねえかって・・

でも、そんなのは結局俺の自意識過剰な妄想だった。

今の俺は、亜子先生に何かしてあげることはできやしない。
俺が亜子先生に出来ることは、・・それは
あの頃の俺が必死になって、彼女にしてきた全てのことだけだ。
結果俺は考えなしで、彼女を沢山傷つけた。
でもあの頃の俺には、どう頑張ってもそれしか出来なかった。
俺の前からいなくなった亜子先生が、今、何をしているのかもわからない。
彼女が自分で選んだ道が、幸せで埋め尽くされていたらいいと・・
心の底から祈っているし、実際本当にそうであって欲しい。

今の俺に出来ることは、目の前の那央を精一杯大事にして
自分の気持ちもしっかり伝えて、二人で一緒に幸せになることだ。
那央が俺のことを守ってくれる。結局俺は、守られてばかりで
情けない駄目な男だけど・・・

那央がどこかにいこうとしたら、その手を掴んで離さない。
那央を絶対どこにもいかせない。見失わない。ちゃんと俺が。
それは、亜子先生に教わったことじゃなくて・・俺が那央と付き合って、考えて決めたことだ。

亜子先生との恋愛から、学んだことはなにもない。
俺は亜子先生自身から、沢山の優しさと思い出をもらった。
亜子先生は俺が通り過ぎた教科書の中の一冊とかいうわけじゃなくて・・
大事な大事な一人の女性。二度と会えなくても俺の気持ちは変わらない。

でも俺は、亜子先生に対して、これから何をすることもない。
これからの俺の全ては、まっすぐ那央に向かってる。今、俺が大事なのは那央。

見た夢のリアルさに動揺したけど、過去にはもう戻れやしない。過去はもう過ぎ去ったものだから。
過ぎ去ったものだからよく見通せて、ああすればよかったとか、こうすればよかったと、
あの時、何か俺に出来たんじゃないかと錯覚を起こしてしまうけれど
あの時出来たことは、全て俺はやっていたから
あの頃の俺にはやっぱりどうしても、別れは避けられなかったんだ。

岸先生に軽く礼を言って、俺は一人で下駄箱に向かった。
そしたら俺の下駄箱の前で、那央が携帯でゲームして遊んでた。
『どうした・・?』『・・・・別に比呂を待ってたわけじゃないよ!』
そんなことを言うんだけど、俺が靴を履き替えて外に出たら、
那央は慌てて俺の後をついてくるんだ。

過去はどんどん美化されて、現実は生々しく日々訪れる。
だけど目の前の那央はこんなに綺麗だ。この子を一生大切にしよう。

俺は空を見た。曇っていた。もうすぐきっと雨が降る。
そんなことを考えてたら、『比呂〜・・。』って那央が俺を呼ぶ。
『おなかすいた。』とか、『比呂がおごれ。』とか、
必死に普通ぶって俺を誘ってくれた。

大事にしたいよ。俺はお前を。


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