2008/9/29 (Mon.) 23:15:42

明け方。携帯が鳴った。その音で目を覚ます。メールだった。
着信があったことを知らせるメールで、午前三時に紺野から電話があったことが記されている。
着信メールに気づいたのは4時半。胸騒ぎがして紺野の携帯に電話をした。

何度鳴らしても電話にでない。やっぱり寝てるのかな・・・とおもって、電話を切ろうとしたそのとき。
紺野の電話にでたのは、紺野の養父さんだった。
『・・・岸せんせいですか』
『あ・・。すみません。こんな時間に。紺野から3時頃着信があったみたくて。』
『・・・すみません・・実はちょっと・・今から比呂を病院につれていきますので・・』

血の気が引く。

『・・紺野どうしたんですかっ』
『あの・・それが・・昨夜から少し体調が悪かったようで・・』
紺野さんは動揺しているようだった。俺はそばにあったシャツを羽織っていった。
『俺も病院行きます。どこですか?』

光が丘病院の救急外来。紺野は点滴を受けて眠っていた。
頬を撫でると、ちゃんとあたたかく、ほっとしたが俺は言葉も出ない。

廊下に出る。

紺野さんは廊下のイスに座って、頭を抱え込んでいた。
『・・紺野さん・・。』声をかけると、彼は立ち上がって話をしてくれた。

『昨日・・バイトを早退して帰ってきて・・調子が悪そうだったので、薬を飲ませて寝かせたんです。
あの子はここ数ヶ月・・ストレスで胃を痛めていまして・・その薬を飲ませたんですが・・』
『・・・。』
『以前・・あの子が付き合っていた女の先生から夜に電話がありまして・・・』
『・・・ああ・・。』
『会ってしまったらしいんです。偶然病院で・・。』
『・・・・・・。』
『それで心配になって・・何度も比呂の様子を見に行っていたのですが』
『・・・・。』
『4時前に・・家内が比呂の様子が気になって、部屋にみにいったらあの子が・・ベッドで血を吐いていまして』
『・・・・。』
『私の問いかけに、頷きはするのですが、話せる状態ではなかったので・・病院に連れてきました・・。』

俺は・・どうしようもない絶望感を感じていた。俺がでられなかった電話・・紺野は何を話そうとしていたんだろう・・。

『・・・吐血は・・胃炎が原因なんですか?』
『はい。昨日も病院で、胃が炎症を起こしているからといって、薬を新たにもらってきていたようなんです。
あのこはいつも・・自分で管理するのですが、昨日は家内にそれを渡してきて・・
だからこそ家内も気に留めていたようです。自分でもっていたら飲みすぎてしまうと思ったんでしょう・・。
それくらいあの子は・・キツイ状況だったんだとおもいます。』
『・・・・。』

自殺をはかったわけではない・・それが唯一の救いだとおもった。
でも、その事実で救われたのは俺たちだけで・・紺野は何一つ救われない・・・

紺野はなんにも救われない。

『・・その・・女性とは連絡を取り合っていたのですか?』
『・・いえ・・。ただ、万が一の場合の連絡手段として・・携帯電話の番号だけは教えあっていたんです。』
『・・万が一?』

俺が聞くと、紺野さんは覚悟を決めたような顔で話す。

『あの子達は・・お互い本当に相手を好きで・・なのにそれを周りの人間に引き裂かれたんです。
もしもずっとお互いが相手を引き摺るようであれば・・お互いの立場や年齢的な壁を取り払うことができたとき・・
互いが望むのなら・・そのときは・・・私達が心から祝福をしてあげようと・・』
『・・・・。』
『でも・・比呂は私には彼女に会いたいと・・いいませんでしたし・・彼女からも連絡はありませんでした。
だからそのまま・・私もどこかでそのことを忘れかけていたのですが・・。』
『・・・・・でも・・会ってしまったんですよね。』

俺の言葉に紺野さんが頷く。そして処置室からもれる明かりに目を細めながら・・涙を流して話すのだ。

『・・あの子にとって・・あの頃は彼女の存在以外の全てが地獄でした。
私達がどんなに彼を思おうと、全てが全部から周りで・・
幼い頃から自分が置かれてきた状況が、どれだけ劣悪で・・
我々が男と女の話で、子供の比呂を振り回してきたことが、どれだけ醜いことだったのか・・
全部わかってしまった年でもありました。

そんな中で・・それでもあの子はまっすぐに人を愛すことが出来た。
それを・・また周りの大人の都合で踏みにじった。あの子の大切なものを私達は次々に奪ってきて・・・』
『・・・・。』
『数年がかりで立ち直ってきたところだったのに・・・』
『・・・・。』
『・・・きっと・・引き戻されたんじゃないかと・・・。』

・・俺は・・紺野が好きだった人の話を、紺野の口から少し聞いたことがある。
なくなったお父さんの事は熱心に話をするのに・・彼女の話になるときまって『もういい。』って黙ってしまうのだけど・・
一年のときに自殺未遂騒動を紺野は起こしてそのときにあいつは言った。

『会いたい。』『あの人に一生会えないんだったら・・もうなにもいらない。死にたい。』

・・・かける言葉が見つからず・・ただただ
泣く紺野の背中を擦るしかできなかった俺の情けなさは今も鮮明に記憶に残る。


大事に思っていた人の事だ。単純であるはずは無い。

夜が明けてあたりが明るくなった頃、紺野の意識がすこしはっきりとして
俺が顔を出すとあいつは『・・・おっくん・・』とよんだ。

俺は何もいわず紺野の頭を撫でる。悲しくなった。
ごめんな。音羽さんももうこの世にはいないんだよ。
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