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2009/3/5 (Thurs.) 13:26:25 『中庭の桜がきれいに咲いてる。少し見に行かない?』 前もって看護師さんに許可をもらっておいた俺は 紺野を誘って病院の中庭の見える廊下まで一緒に降りた。 診察時間が終わったからか、人通りはなく、椅子があったから紺野に座らせた。 『・・だいぶ顔色よくなったね。落ち着いた?』『うん。』 ちゃんと目を合わせて話すようになった紺野。俺は外の桜を眺める。 『今日は受験二日目だよー。』『えー。先生いていいの?ここに。』 『うん。いい。いいと言われた。』『なにそれ。』 『っていうかさ、お前大丈夫なの?ほんとに。』『・・・』 沈黙。紺野は俺を見て笑う。そして黙る。桜に目を移す。 『せんせー・・。』 『んー?』 『また俺おじちゃんにひどいこといっちゃったみたい。』 『・・・・なにを?』 『死ぬだの何だの。』 『・・・・・そうかー。』 『うん。』 沈黙。外では桜が春風に舞う。そんなことを・・気に病むなよ。思いながら俺は目を閉じる。 『先生・・。』 『何?』 『昨日・・じいちゃんとばあちゃんがきた。』 『・・・山梨の?』 『違う。おっくんの方の。』 『ああ、椿平の。』 『うん。』 『お前が倒れた日に会ったよ。お前、おじいちゃん似なんだな。』 『え・・ほんとに?』 『にてるだろー。なんか。』 『・・へー。初めて言われた。』 『じいちゃんたちと・・はなしできたの?』 『うん。』 紺野はぼんやりと話をしだす。 『なんか・・うん。世間話ばっかした。エグザイルの人数が増えるとか そんなことばっかじいちゃんがしゃべってて・・お前と同じ名前の人がいるとか・・』 『若いね。じいちゃん。お前はなんか話したの?』 『・・・俺は・・うん。』 一瞬黙る紺野。 『謝った。ごめんって。こんな騒ぎばっか起こしてごめんって。』 『・・・・。』 『でもじいちゃんたちは、そんなのいいっていうんだ。それに今度のことは、 比呂が自分で死のうとしたわけじゃないんだから、あやまらなくていいって。』 『・・・・。』 『じいちゃんと話してるとき・・ばあちゃんがずっと俺の手をさすってんの。 じいちゃんの話の合間合間に・・ご飯は食べてるの?とか 痛いところはないの?とか・・心配してくれて・・悲しくなった。』 『・・・・・・。』 『先生・・。』 『・・ん?』 紺野は窓越しに空を見上げる。涙をいっぱいためた目で 窓越しに見る空に、誰かの姿を描いているんだろう。 『死ぬのは俺の夢だった・・小さいころとか特にそうで・・でも・・ 人を好きになるとその夢が鈍って、俺ばっか幸せになっていいのかなって・・』 『・・・・・・うん。』 『おっくんは・・俺がいたから・・好きな人ともすぐに結婚できなくて・・ 結局そのまま死んじゃって・・すごくかわいそうだったんだ。』 『・・・・・。』 紺野は俺を見て・・そしてまた外を見る。・・・ゆっくり話していいよ。 全部言いな?・・お前は今まで我慢しすぎて生きてきたから。 『みんなは・・比呂がいるだけで音羽は十分幸せだったんだよって言ってくれる。 だけど俺はそうは思わない。おっ君が仮にそう思ってくれてたとしても、 俺はうれしいけど・・それは違うって思う。』 『・・・・・。』 『そんなのは結果論じゃん。そこまでしか生きれなかったから・・生きてる俺を気遣ってそう言ってくれてるだけで』 『・・・。』 『俺はそうは思わなかった。言われたってうんざりするだけだった。人の優しさをそういう風にしか受け止められない。 自分のことも大嫌いだった。だけど俺はどうしても・・・。』 『・・・・。』 紺野の目から涙が落ちる。 『お父さんに・・幸せになってほしかった・・・。』 『・・・・うん。』 『結婚をして・・ちゃんと家族を作って・・・努力した分、全部報われる人生を・・送って欲しかった・・・。』 『・・・・。』 『だって・・好きな人には・・死んだら二度とあえないよ。だから生きてるうちに家族になって・・大切にしあっていくんじゃん。』 『うん。』 『おっ君には好きな人がいて・・その人は俺にも優しかった・・。』 『・・・。』 『あんなに愛し合ってた人たちなのに・・おっくんは死んだ。俺がいたせいだ。』 ・・・紺野・・。 『俺がいなかったら、あの日あの時間に玄関のドアを開けることはなかった。 ・・っていうか・・俺がいなかったら、好きでもない女や知らない他人と 一緒にあの家にいることもなかったのに・・・。』 『・・・・・。』 俺はまた外を見る。俺たちの感情に関係なく桜は散る。 はげましてやりたいけれど・・・言葉をかけてやりたいけれど・・ そんなことはないんだよって・・言ってあげたいんだけど・・ そんなこと・・ないわけがないんだよな。紺野は全部・・全部を自分の問題として それらを経験してきた。逃げ場のない環境で。子供のころからずっとだ。 成長していくにつれて色々なことの意味がわかって、絶望の色はさらに濃くなっただろう。 『・・先生・・・。』 『・・・・ん? 』 『俺・・人が死ぬの嫌い。ニュースで見るのも嫌で、新聞のニュース欄とか読めないんだ。 気持ち悪くなるから。なのに自分では死にたいとか言ってるじゃん・・。』 『うん。』 『おじちゃんには優しくしてもらって・・・家に住まわせてもらってるし・・引き取ってもらって育ててもらって・・』 『・・・・。』 『・・・・・。』 『・・・・・紺野?』 紺野は黙った。唇をかみ締めてる。こうやってこいつはいつも、言葉を飲み込んで自分を殺し続けてきた。 言え。言いな。紺野。俺は紺野の背中をぽんっとたたいた。そしたら涙がぼろっとおちる。 『・・俺を・・助けてくれた。』 『・・・・うん。』 『死に掛けたときのことはあんま覚えてなくて・・目が覚めてもしばらくぼんやりしてて・・ ナースの人が体拭きに来てくれて・・そのとき胸のとこにあざがあるの見つけて 薄くなってたけど、人の手形だってすぐわかった。超こわくなって・・これ・・もうすぐ死ぬっていうマークかなって思って・・ そしたらナースの人が・・君のお父さんの手のあとだよって。』 『・・・・。』 紺野は顔を両手で覆う。 『何でこの人がしってるのかなって・・おっ君のこと・・知ってるのかなって・・ でもそれって・・おじちゃんのことだったんだ。他人から見たら・・おじちゃんは俺のお父さんなんだ。 俺の見てないとこで・・おじちゃんは俺を助けてくれた。俺はしらなかったけど・・ 体にちゃんと跡が残ってて・・なんか・・・。』 『・・・うん。』 『俺は・・俺はおじちゃんともおばちゃんとも・・さやとも血がつながってない。 だから・・やっぱり今でもあの家で・・どうして良いのかわかんないときがある。 だけど・・あの家にいて・・すごく・・・』 『・・・・すごく?』 『・・・安心する。人がいるのはうれしい。おじちゃんとおばちゃんが仲良くしてるとうれしいし・・ さやが元気だと・・それもうれしい。家に帰ると・・・ほっとする。』 『・・・・・。』 『好きな人もいる・・。友達もみんな好き。だけど・・俺は死にたい。そういうのがおかしいとおもう。』 『・・・・』 『死にたくないのに死にたいって言うか・・人の死が嫌なのに・・なんで死にたいのか・・よくわかんないけど・・でも死にたい。』 『・・・・。』 『・・・・だけど・・死にたくない。』 『・・・・・。』 ・・・・・うん。・・・わかったよ。紺野。 俺は国語の先生じゃないから・・言葉の意味とか文法的なこととか、そういうものはよくわからない。 でも、心を表す言葉を自由に解釈してもいいのなら・・俺はお前に教えてあげたいことがあるよ。 『紺野・・。』 『・・・?』 『そりゃ死にたくないよな。』 『・・・・へ?』 なんだよその間の抜けた返事。俺は紺野を見下ろす。 『ただ・・お父さんに会いたいだけだもんな。お父さんのそばにいたかっただけだもんな。』 『・・・・・。』 うん。そうなんだ・・。このこはただ・・ただ・・、生きてお父さんのそばにいたかっただけなんだ。 『死にたかったわけじゃない。ただ、ずっとそばにいたかっただけだ。 でも、お父さんは死んでもういない。いなくなった人間にどこで会えるのか・・ 生きてる人間には誰にもわからない。だからお前が、それを思いつめたとき・・ 死ぬ以外に方法がなかったんだろ。』 『・・・・・。』 『思いついたお前は、それを口にすることで意思を天国に届けたかった。天国なんかないっておもいながらも、 ありもしないものにさえすがりたかった。おじちゃんたちのことも、じいちゃんたちのことも、友達のこともみんな大好きだけど 両方欲しくても一度には手に入らない。だから・・死んでしまったお父さんのほうを、お前は選んだ、違う?』 『・・・・・・。』 『ねえ・・紺野。』 俺は・・もしかしたら・・紺野を苦しめるようなことを、言ってしまっているような気分になった。 人にとっては時には葛藤すらも心の支えになる。他人の俺が、この子のそういう部分に口を出すことで 彼のバランスがくずれてしまったら・・その責任は・・ いや。 責任云々の問題じゃない。紺野は今のままじゃ駄目なんだ。 『・・・。』 『紺野ー・・。』 『・・・・はい。』 『お父さんができなかったことを・・かなえてあげたいのに・・何もしてあげられないのはつらいな。』 『・・・うん。』 『お前は生きて大きくなって・・・見なくていいものまで見えてきて・・。』 『・・・・ん。』 『散々感情を押し付けられて・・そのつらさをわかりすぎた。だから人をなかなか頼れないんだ。 人にしてあげられることはできるのに・・・人にしてもらうのが苦手じゃん。お前って。』 『・・・・・。』 『俺は・・やっぱり紺野には生きて欲しいよ。お前が言うように、人が死ぬのは悲しいしね。 俺は、お前らより年とってるから・・友達も何人か死んだ。やっぱ思い出すよ。いろんなとこでね。 思い出すたびに俺も会いたくなるよ。』 『・・・・・・・。』 『・・でも・・俺はそれを死にたいとは言わない。』 『・・・・・。』 『両方選べないんだから・・俺は今そばにいる人たちを・・自分の人生の中で精一杯大事にしていきたいと思う。』 『・・・・・。』 『お前のお父さんがそうしたように、紺野もそうやっていけばいい。 生きるとかそういうことじゃなくて・・限りある命を・・お前らしく過ごせばいいじゃん。』 『・・・・。』 『終わりはいつかわかんないけど・・絶対人はいつか死ぬじゃん。お父さんはきっとお前の幸せを望んで生きてたんだから・・ お父さんが見守り続けることができなかったお前の未来は・・ちゃんとお前が切り開いていきな。』 『・・・・・。』 『紺野。』 『・・・・。』 『死にたいんじゃない。』 『・・・・。』 『お前は会いたいだけ。』 『・・・・。』 『お前が今までしてきた努力・・ひとつでも多く報われるような・・そんな生き方で歩いていきな。』 『・・・・。』 『紺野は優しい子だからね。お父さんの生き方がお前をそう育てたんだろうね。』 『・・・・・。』 『そのまままっすぐ育っていきな。俺はー・・。』 『・・・・。』 『ずーっと・・お前の先生。』 『・・・・はい。』 話を終えて病室に戻ると、佐伯や坂口愉来が花札をやって遊んでいた。 幸村もきたみたいだけど、紺野がいないから心配してあちこち探し回ってるという。 病人を歩き回らせるのもなんだから、俺が探しに行くことにした。 5分くらい探し回って・・一階の売店の前でぼんやりしている幸村を見つけた。声をかけたらすごく驚いて俺を見た。 『先生・・・。』走り回ったのかな。髪がぼさぼさだ。俺は幸村に駆け寄った。 『紺野は病室に戻ったよ。ごめんな。俺が話し込んじゃって。』 『比呂と話したんですか?』 『・・・うん。』 『何の話したんですか?』 『・・・・・。』 俺は紺野と話したことを、かいつまんで幸村に伝えた。 俺が紺野に言ったことだけど言うと、幸村は黙ってそれを聞いていて・・ なぜか俺に頭を下げた。紺野が俺に何を言ったかは、何一つ聞かずに。 そしていきなり真顔になると『先生、アイスおごって。』という。 『なんで。』と俺が言うとあいつは、『紺野、食事制限とかもうないし。』といった。 紺野の分と坂口の分と、佐伯の分と・・なぜか幸村の分は2つ。 俺はお前の財布か・・とおもいつつ大の大人がアイスごときであれこれ言うのもなんだから 黙ってレジにむかったら、幸村はさらにアイスを二本もってかけよってくる。 『小沢と加瀬もくるからこれも。』 ・・俺、一回でいいから幸村の頭の中のぞいてみたい。 |
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