2009/3/8 (Sun.) 23:32:22

担当している患者の高校生が、心肺停止状態になったと連絡があり
午前の診察を終えたあと、ICUに駆けつけると、ロビーに沢山の高校生やその父兄がいた。
部屋に入ると紺野さんが憔悴しきった顔で座っている。事情は担当看護師から説明を受けた。

自殺を図ったわけではなかった。
機械を沢山つけられた比呂君の顔は青白く、そしてとても穏やかだった。

その後、彼が目を覚ましたという連絡をうけ、各科の担当医で検査や診察の予定を組む。

心療内科の診察の日。比呂君は看護師に連れられて、診察室に顔を出した。
入院着の上にパーカーを羽織り、頭に花をつけている。

『かわいいね。どうしたの。花。』
『・・・友達が・・。』

話し声がとても小さい。私は比呂君にしっかりと向き合う。

『大変だったね。大丈夫?』
『・・・はい。』
『ココア飲む?食事制限なくなったんだよね。』
『・・・ありがとうございます。』

・・・・さて。

『今、気分はどうかな。』
『・・・・気分ですか・・。』
『うん。別に深く考えなくていいよ。思ったことを言ってもらえばいいから。』
『・・・・・・。』
『・・・・・・。』
『・・・ほっと・・してます。』
『・・・ほっとしてる?』
『・・・死なないですんだから・・。』
『・・・・。』
『・・・・・よかった。』
『・・・』

驚いた。

思ってもいない言葉が彼の口から出て思わず息を呑む。
ずっと彼の診察に立ち会ってきた看護師も、驚いた様子で彼をみつめた。
比呂君は、そのあとも、ぼんやりと話し続けてくれた。

『・・・家の人や・・病院の人が・・一生懸命助けてくれたおかげで・・
今・・生きていられるんだと思うと・・本当に幸せだと思うし・・
死ななくてよかったっておもいます。』

『・・・そうか。』
『はい。』
『・・・しゃべりにくい?薬が強いから、ろれつが回りにくいだろ?』
『・・あ・・でも俺、もともとしゃべるの遅いし・・』
『・・・。』
『みんなそれでも聞いてくれるから・・大丈夫です。』
『そうか。』
『はい。』


なんだろう・・この気持ちは。
なんだろう・・・。この泣きたくなる様なあたたかい感情は。

『比呂君。』
『はい。』
『辛いことを聞くかもしれないけどごめんね。』
『はい。』
『君は意識を失う前のことを覚えているかな。』
『・・・いえ・・。』
『・・・。』
『弟と・・遊んでいたのは覚えていて・・窓の外がすごく寒そうで
学校に行くのどうしようかなって考えてたんだけど・・
友達と約束をしていたからいかなきゃ駄目だなって思って・・

あとは・・全然。』
『・・・・・そう。』
『はい。』
『じゃあ・・意識が戻るまでの間・・長く君は眠っていたけど・・夢は見たかな。』
『・・・・いえ・・。』
『・・・・。』
『・・だけど・・・。』
『うん。』
『音とか・・たまに声とか・・・聞こえてた気がして・・それは覚えてるんだけど・・
夢とかは別に・・・。』
『・・・・。』
『天国的な花畑も見なかったし・・』
『そうか。でもよかったよ。助かってくれてさ。』
『・・ありがとうございます。』


それからたわいもない話をした。好きな曲とか、最近好きな漫画とか。
前回の診察のときに、教えてもらった歌手のことを思い出して
『タニザワトモフミ聴いたよ。』と私が言うと、紺野君は目を輝かせた。

『いつの?どれ聴いたんですか?』
『東京ハロー』
『わーーーー、俺まだ聴いてないっ。』
『・・ああそうかー。入院したあとだったっけ?発売日。』
『たぶん。あの日の前の日だかに金払って・・だったらもう届いてるかもな・・。』
『・・CDで買ってるの?』
『・・そうです。好きな人らのは。』
『へー。意外。』
『DL方式でも買うけど、俺、基本CD自体が好きだから。』
『そうなんだ。』
『友達のバイト先で予約できるってのもあって。』
『じゃ楽でいいね。俺もどっちかっていうとCDで買うよ。』
『ほんとですか?何聴くんですか?』
『ウィザーとか』
『まじでー。俺も好き。先生全部持ってる? 』
『持ってるよ。俺、PV欲しさにアイポッドかったんだからさ。』
『・・あのでかい画面のやつ?』
『そう。』
『いいなー。俺一昔前のnanoだよ。』
『買い換えればいいじゃん。』
『だめ。好きな子とおそろいだから。』
『そうなんだ。』
『ねえ先生、どうだった?東京ハロー。』
『よかったよ。僕らの日常には泣けた。』
『なにそれー。』
『静かな曲なんだよ。ぐっとくる系のね。
そういうのに弱い年じゃん。俺くらいの年の人間は』
『あはははっ。大丈夫ー?』


私がその歌手の曲をDLしたのは、彼がまだ目を覚まさないとき。
教えてもらってからもなかなかゆっくり音楽を聴く時間が持てなくて
思い立って調べると、教えてもらった歌手の新曲が、ちょうどその日に発売日だった。

ふとした会話の中に、彼がちりばめている希望は全て、未来につながる。それでいい。
命と向き合う必要なんか、本当はないんだよ。比呂くん。
好きな人とおそろいのnanoを買い換えないことも
予約してたCDを早く聴きたいなって思うことも全部、君の未来につながる。

nanoはいつか新しいものに買い換えるだろう。CDだって聴くことができるだろう。
聴いてみて『いいな』とおもったら、その翌日も聴きたいと思うだろう。

願う気持ちが君の命をつなぐ。そんな程度でいいんだよ。

『今度CD貸してあげるよ先生。広沢タダシ君とかしってる?』

声は小さいけど・・でも、笑顔で話してくれる彼を見て、私は退院の許可を出そうと思った。
君はここにいるよりも、外にいたほうがきっといい。
沢山のことに興味を持って、したいこと・欲しいもの
そういう小さな願いを沢山メモに書いてひとつずつ拾い集めていこう
人の愛・将来の夢・描く希望、心は自由だ。
前に立ちふさがる壁は大きいかもしれないが真上を見ればきっと青空が広がる。

『広沢タダシ?知らない。貸してよ。』
『じゃ、いつか退院したら。』
『・・すぐ退院できるよ。それだけ元気なら。』

退院しても無理するんじゃないよ。でも君なら大丈夫だ。

がんばれ。
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