2009/3/9 (Mon.) 22:20:29

『校長先生・・。』
『・・・なに?』
『ありがとう。この学校に入れてくれて。』
『・・・・・なにをいってるんだよ。自分の実力だろう。』
『・・・でも・・。』
『・・・・。』
『俺、他所の県に行かないと駄目かと思ってた。受験させてくれる学校あんまなかったし。
一番入りたかったここが受験させてもらえる学校だったから・・
だから勉強してがんばれた。先生たちのおかげだよ。ありがとう。』
『紺野。』
『・・・・。』

『お前は今まで自分のせいではないことで、振り分けられて差別された。
受験できない学校もあったが、ちゃんとここを受けて、そして受かって、
今日ここをしっかり卒業するんだ。過去のことは気にせずがんばっていきなさい。』
『・・・。』
『学科でもしっかり合格ラインに入っていたし、面接では一番お前の評価がよかったんだよ。』
『・・・・。』
『小さいころから大人の中で育って辛いことも多かっただろう。
でもその中で身につけてきた人との接し方や、人の痛みをわかってあげられる
優しい心がお前のいいところだ。大事に大事にしていきなさい。』
『・・・・・・。』
『先生たちは、お前たちの幸せを心のそこから祈っているよ。』
『・・・・・。』
『よくがんばった。卒業おめでとう。』
『・・・ありがとうございます。』


数日遅れの卒業式。紺野と紺野の両親。そして、バイト先の店長とオーナー。
町内会の会長さん。紺野比呂の学年の生徒全員。途中転校していった浅井瑞樹。
沢山の人間があつまって、結局体育館で授与式をした。

一枚の卒業証書。ほんの数分で済むことだったが
生徒たちが私たちのために校歌を歌ってくれたり
町内会長が祝辞を述べたり

ずいぶんと自由な学校だと思われるかもしれないが
中に生きる生徒も教師も全員人間なのだから、これくらい自由でもいい。
枠がなくてもキチンと収まれる人間に育っていけることが望ましい。

問い合わせてきた幸村に紺野が学校に来る時間を連絡したら
その30分くらい前から、門の前に生徒が集まり始め
騒ぐわけでもなく静かに紺野の到着を待っていた。

その姿を見ながら、体育教師が私に持ちかけてきたのだ。
『校長先生、体育の授業、校庭でやりますから
紺野の卒業証書渡すの、体育館使ったらどうですか?』
『でも、授業に差し支えないのか?』
『大丈夫ですよ。なんとでもなりますし。』

私はこの学校の校長であることを誇りに思う。
教師を夢見ていたころ思い描いていた理想がここには全部ある。
体育館で証書を渡した後、一人で校長室に礼を言いにきた紺野を見て
彼の三年の高校生活をふりかえる。

いつも回りに友人がいて、教師と大声で笑っていたり、自由奔放な普通の男の子だった
他の生徒と何一つ変わらない。

『横浜にはいつ行くんだ?』
『・・えーとたぶん・・3月の終わりに。』
『そうか。休みには帰れるのか? 』
『んー・・店一軒任されるからなかなか・・。
でも、こっちの病院で定期検査するからその時には。』
『そうか。たまには遊びにくるんだよ』
『・・先生も・・いつか来てよ。横浜。』
『・・・・横浜かー。』
『川で釣りできるよ。店の二階は俺がすめるようになってるし、泊まれるからさ。』
『・・そうだなー。じゃいつか邪魔するよ。』
『絶対だよ。』
『わかった。』


外を見れば、天気予報で言われていた雨はまったく降らず、青い空が広がっている。


君たちの門出に雨は似合わない。躓いたら、いつでもここにくるんだよ
いつだって先生たちは君たちを応援している。

卒業、おめでとう。
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