もう俺はきっと 非力なんかじゃない ・・・ここんとこ、前にも増して、ヒマを埋め尽くすように 用事や仕事を入れて、くたくたになるまで動き回ってた。 案の定・・比呂はこんな感じだ。床板突き破ってどこまでも落ちていく。 それでも部活では明るかったし、バイトの間もしっかりしてたんだろうとおもう。 でも、俺が店裏の駐輪場から少し離れたとこで待ってたら 比呂は大雨の中、傘もささないで、濡れながら歩き出すんだ。 『比呂っ。』声をかけた。振り向いた比呂は決して笑わない。 いいんだ。それで。 笑顔はなくても、俺のほうをむいて、しっかり立ち止まる比呂なら きっとまだ大丈夫。俺は比呂に駆け寄った。 『自転車は?』 『・・今日は・・用事あったから・・バスで・・。』 『・・・・・・。』 『那央は・・?自転車は?』 『雨だから。歩いてきた。』 『・・・・・。』 『待ってたんだよ。話しよ?家まで送るよ。歩きだけど。』 俺は比呂を傘に入れて、手をつないだ。ぎゅ。 比呂は、うつむく。髪が雨に濡れて、とても寒そうに見えた。 『日記読んだよ。最短だよね。』 『・・・・・。』 『なんかあった?昨日も元気なかったし。』 『・・・・・・。』 『比呂は雨が苦手だね。悲しい気分になってばっかだよね。』 『・・・・。』 『最近忙しそうだったから、疲れたの?大丈夫?ねえ・・。』 『・・・・・・。』 『なんかあった?』 俺たちが歩く裏通りの一本向こうが大通り。 トラックが雨水を跳ね飛ばしながら走っていく音が聞こえる。 比呂は俺の顔をぼんやりと見た。 そして、目をそらすとうつむいて、『なんもない。』それだけ言った。 なんもない。うん。俺にいえるようなことが、なんもない。 そういう事なんだろうね。 女がらみ?それとも別の何か。どっちにしろ過去の事だろう。 気持ちの整理がまだついていないことが、比呂には沢山あるんだろうね。 でも俺は、うろたえないよ。長く時間をかけて待つ自信がある。 葬式帰りみたいに押し黙って手をつないで歩く雨の夜道。 雨が小降りになってきたころ、気がついたら俺等の視界には おぎやんがバイトしてるサニマがはいってきた。 『・・・腹減った。』ずっと黙ってた比呂が、ぼそっという声が、かすれてて甘い。 『おれも。』といったら俺の腹が鳴った。そしたらなんか、結局泣けちゃって。 俺が泣くと、比呂が笑って、抱きしめてくれて、キスをしたよ。 そう。俺が泣くと、比呂は強くなるの。 なんだろうな。バランスめいたものなのかな。 サニマにはいると、おぎやんがバイトをあがるところで 三人でカフェスペースにすわり、たわいもない話をした。 比呂は途中から寝ちゃったけど。 無理をして、頑張って、ろくに寝れもしないで、大して食わないで。 比呂。ちょっとずつなおしていこうね。 お前の事を心配する人間が、ここにもいるんだよ。 目が覚めた比呂は、サニマでビニール傘買って、 帰りは俺の家まで歩いて送ってくれた。 比呂を一人にするのが心配だったけど、覚悟を決めて俺は 『ありがとう。おやすみ!』って言って別れた。 布団に入って、ギリギリと痛む胸を押さえながら、帰り道の比呂を想像した。 あの角を曲がって・・信号にひっかかってー・・。 そしたら10分もしないうちに、『家についたから。』って電話がかかってきた。 偶然通りかかった岸先生に、家までのせてもらったんだって。 先生の車にはミケが乗っていて、比呂はそれを嬉しそうに話した。 ちょっとまえ、俺と会うたびに寝まくってた比呂を思い出した。 比呂の睡眠を妨げるものの、全てを俺は把握していないが その全てが解決しなくても、とりあえず比呂は俺がいれば眠れる。 睡眠を確保できるなら、それでいいさ。あとはゆっくりと解決していけば。さ。 毎日比呂を大好きだから、毎日俺は比呂を見る。 今生きるお前の体の向こうに、過去歩んできた道まで見える。 比呂が明かしたくない過去だったら、俺はそれをとりあえず視界から外そう。 比呂の心を傷つける可能性のあるような話題に触れなくたって 話題には事欠かない。大丈夫だ。 学校が始まれば麦も坂口もいる。俺には小沢や加瀬がいる。 だから大丈夫だ。比呂も俺も。 なにより比呂には俺がいるし、俺には比呂がいてくれるんだ。 2008/06/22(日) 23:19:43 |
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