『ごめん』

今日は二時間だけ授業があって、終業式みたいなのをやって終わった。
うちら学校も二学期制だから、終業式とは言わないらしい。

早めに終わったから、さっき病院にちょっとだけ寄ってきた。
午後からまた見舞いに行くんだけど 、一人で先に顔だけ見ておこうと思って・・。
・・嫌なやつだなって・・自分でもわかってるんだけど 、
こういうときだし・・二人きりでも会っておきたかった。

病室に入ると、比呂は相変わらず眠っていた。
でも、昨日までとはちょっと違って、なんかちょっと元気かな・・・
普段の比呂って感じに見えたよ。

『ひーろっ』 俺が声をかけると、ぼんやりとしながら比呂が目を覚ます。
『・・ゆっきー。』 寝ぼけ半分だったけど、昨日までの比呂とはまるで違うように見えた。

『元気になったみたいだね。』

『うん。なんか点滴減らしてもらったら、楽になった。』
『よかったー。昨日までは本当に、元気なかったもんね・・・。』
『あはは・・。そうだね。俺、あんなに自分の人生について考えたの生まれて初めてだったよ。』
屈託ない笑顔の比呂。・・・よかった。比呂にこの笑顔が戻った。

『そうだそうだ。ユッキーの好きな飴がある。』
そういうと比呂が、サニマの袋をがさがさあさって、飴を取り出す。
『買いに行ってきたの?』 俺が袋を覗き込んで言うと
『ううん。おじちゃんが買ってきてくれた。』 といって比呂は笑った。

そして『これ見て。』とかいって何かを取り出す。

こ・・これは・・・大人ご愛用の・・明るい家族計画方面の!!!

『ナースと何かあった時には、ちゃんとこれを使うんだぞ!っていわれた。』
『うそ・・。まじで?』
『・・・いいのかな・・・。』
『あはは。』
『あはは。』

それ聞いておじちゃんの、比呂への愛情をすごい感じた。
比呂の心を早く日常に戻らせようと、 おじちゃんなりに必死に考えてるんだ。

大人は・・すげえなあ。

しばらく下ネタで盛り上がって、比呂は『あ、おれ、下ネタ反対だっけ。』とかいって笑う。
俺もにかにかして笑い返す。窓の外は雨。ぐずぐずいいっぱなし。
比呂がベッドに腰掛けたから、俺はその隣にちょこんとすわった。
そしたら比呂が、床を見ながら、脚をふらふら揺らして話を始める。

『ゆきむらあ・・。』
『え?なに?』
『ごめんね。なんか。』
『・・ううん・・。そんな・・俺は何も。』
『心配してくれたんだろ?・・ごめんね。』
『・・や・・。うん・・。でもよくなってよかったね。』
『・・うん・・・。』

すぐ横にいる比呂。優しい話し方。二人きりの部屋。どきどきがとまらない。

『俺さあ・・・。』
『・・・なに?』
『別に死のうとしたわけじゃないんだ。』
『・・・。』
『ほんとに、なんか・・風邪だかわかんねーけどさ・・ 熱でて頭痛くてさ・・・』
『うん。』
『だけど俺、なんかそういう時って、途中でわけわかんなくなっちゃうんだ。』
『・・・。』
『もうこれで・・二度目だもんな・・・。マジで情けない。』
『・・・情けなくなんかないよ・・。』

比呂が俺のほうを向く。俺は目をそらさずに比呂に言う。
『情けないことなんかないよ・・。 だって比呂は・・比呂はやっぱ・・
普通の人より よっぽど大変な道を歩いて大きくなったと思う。
・・俺はあんま知らないけど・・・でも、比呂の家が色々大変だったことは・・
なんとなくだけどわかるよ・・。もらわれっ子だってお前いってたし。』
『・・うん』
『 ・なのにいつも普通に笑っててさ・・そっちのほうが俺は不思議だもん。』
比呂は黙って話を聞いている。

『他のやつらはさ・・ちょっと親になんか言われたりするだけでさ
むかつくだの、うぜえだのいうじゃん。 でも比呂は何があってもいわないじゃん。
少なくともさ、うぜえなんて言わないじゃん・・・。』
『・・・・。』
『親のさ・・子供を心配する気持ちはさ・・みんな同じなんだろうけどさ・・
俺等はそういう優しさにさえもさ、否定したり反抗したりするじゃん。
でも比呂はさ・・おじちゃんやおばちゃんにまで、気を使ってさ・・
いったいいつ気持ちを休めてるんだろうって、ずっと思ってた。』
『・・・。』
『俺らは心のキャパが狭いから、とにかく自分のせいにするのが嫌でさ・・
親とか友達のせいにしてさ・・ そんで誰か悪者をたてて、安心してるっつかさ・・
それで何もかもがすんだような気分になって、努力をしねえじゃん。』
『・・・。』
『だけどお前はさ・・・何にも言わないで、ずっとずっとガマンしてきたじゃん。
人のせいにしても許されるようなとこでもお前は、全然他人のせいにしなかった。』
『・・・・。』
『俺もっ・・・誰でも・・・言葉をもうそれなりに知ってるし・・
だからっ・・・・だから言い逃れとか・・言い訳とか・・ そうしてなんでもテキトーしてるじゃん・・。』

ついに泣く俺。まあいつものことだ。

『だけど・・お前は言葉を知っていてもさ・・・・ 言い訳を・・いっさいしないじゃん・・・・。』

比呂が俺のほうを見ているのはわかる。でも俺はもう比呂の目は見れない。
薬のみすぎて死にかけた比呂に対して、俺はいったい何をいってるんだろう・・・。

『まともに何でも背負ったら・・つぶれて当たり前なんだよ・・。
俺、一緒にいんじゃん。・・・ねえ・・。何で俺に打ち明けてくれなかった?』
『・・・なにを?』
『つらいこととかあったんじゃないの?』

泣きながら俺は比呂のほうを見た。 じっと見る俺に対して、比呂はちょっとうつむいてこういった。


『つらいっていう・・感覚が・・俺・・あまりよくわかってなかった・・。』


その時、ガラッとドアが威勢よく開き、佐伯と浅井が入ってきた。
『なんだおまえーー!抜け駆けか!エロピンク!』 緑の子が、ぎゃんぎゃんおこる。
『そういう自分も抜け駆けじゃん。一部始終をストーキングしてきたよ、俺。』 といって、浅井がげらげら笑い、
『全員集合なんなら、もう今からお見舞いにしちゃえばいいじゃん。 小沢君に電話してくるよ。』 って病室から出て行った。

『どう、調子。』麦の声に比呂は何も答えられない・・。 俺と麦は思わず黙る。

そしたらね・・・比呂が、急にボロボロと泣いちゃったんだよ。
ないてないて泣きまくって・・で、一言だけ俺らに言ったんだ。

『・・・早く家に帰りたい。』

さっきの俺の話を・・比呂はちゃんと受け止めてくれたのかな。
いつもは『大丈夫』っていうのに・・・今日の比呂はちゃんと 弱音を吐いてくれた。

俺も麦も感極まってしまい、比呂を抱きしめて三人で泣いた。
そこに浅井が戻ってきて、『どうしたんだよー』って泣き出しながら 俺等三人をガバっと抱きしめる。

何かを言いたいんだけど、何を言っても嘘っぽいから、 ただただ俺等は泣いていた。

どんなに背伸びをしようとも、俺等はまだまだ子供で
でも、こうやって肩を寄せ合って、泣くだけでも楽になれるんだと知った。



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