『通い妻』

比呂の入院が来週いっぱいになりそうだ。
見た目も話し方も、すげえ元気なんだけど、なかなか退院にならないみたい。

でもさ、比呂はさ、無理しすぎなところがあるから
リゾート気分で連泊すりゃいいよ。 俺、毎日通うし。

バイトのほうもハルカさんが、『紺野ちゃんいないと商売にならないし
改装工事の時期を早めて、今月いっぱい店を休むわ。』っていってたんだ。
あのオカマ女(男?)は、俺には容赦ないけど、比呂に対しては神のように優しい。
大人の優しさをもってる人間は、俺は嫌いではないよ。

今日は麦も浅井も小沢もみんなバイトだから、2時間くらいで帰った。
俺は、塾までじかんあったから、ぎりぎりまで比呂のそばにいる。
だって好きなんだもんよ・・・。好きで好きでたまんないんだもんよ。

比呂がベッドに寝転んで、俺と目が合うとふふって笑う。
『幸村、寝てく?』といって笑う比呂を見るとどきどきする。
『あほじゃね?』って、口ではこたえるけど 俺は比呂のとなりに横になりたくて、たまらなかった・・・。

ぎゅって、してほしい。

俺は、べッドの空きスペースに、塾の問題集とノートを出した。
話題がなくなっても帰らないですむように 勉強やってごまかすことにしたんだ。

最近の俺は、比呂といる時の沈黙というものにすごく弱い。

今回の件では明らかに、麦に負けた感があるから・・ 勝ち負けの問題じゃねえんだけど・・・。


『がんばるねー。ゆっきーは。』
そういうと比呂は、枕を抱きしめて、目を閉じる。
『また寝るの?』 俺が比呂をつっつくと
『睡眠学習だよ。』 って笑った。

俺は、ふふっと笑い返すと、問題を解くことに集中した。
比呂が、枕に顔をうずめつつ、たまに俺のノートを覗き込む。
伏せ目がちな時の比呂は、まつげが長くて、すげえかわいい。
そんな表情で『・・ほんとにわかってんの?』とかいうから愛しすぎて困っちゃうんだ。

俺は比呂に、話しかける。
『なあ・・あのさあ・・。』
すると、半分寝かけてた比呂が、片目だけ開けて
『ん?』と短く返事をしてくれた。

『夏休みの宿題もらった?』
『・・ああ・・。昨日先生が持ってきてくれたよ。』
『雨ちゃんきたの?』
『うん。岸先生と二人で来て、その後飲みに行ったらしい。』
『あはは。』
『んふふ・・。宿題がなんかしたの?』
『ああ・・。あのさ、製図の宿題あんじゃん。』
『?』
『まだ内容見てない?なんだかの電気配線みたいなかんじのさ・・。』
『えー?なにそれ、手書き?CAD?』
『うん。手書きでやんないといけないみたい。』
『へー。じゃあ、入院中にやっちゃお。』
『あ、じゃあそれさ、俺がいるときにやって?俺、製図苦手だから。』
『ああ、いいよ。・・なにそれが言いたかったの?』
『うん。』
『なんだー。そんなの全然いいよ。』
『やったー。頼りにしてるよ、こんにょさん。』
『製図ならかろうじて大丈夫。』

おお・・・。 言葉のキャッチボールしちゃったよ。
俺は問題に目を戻すと、ニヤニヤしながら、答えを書きまくった。

比呂は、眠いんだけど寝付けないようで、 勉強してる俺の髪を、軽くひっぱったり、
ノートのはしにいたずらがきしたりして 結局寝ずに俺の勉強につきあってくれた。
俺は、そんな風に比呂との時間を、のんびり有意義に過ごせた。

『明日も来るね。』といいながら、俺は荷物をまとめ、カバンを肩にかける。
比呂は、黙ってうなずくと、『ありがとう。またね。塾がんばって。』と
俺に向かって笑ってくれた。

比呂の病室のドアをしめる。俺は一気にニヤニヤ笑う。 まるで通い妻みたいだ。

明日は何の話をしようかな。


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