
2007/2/19 (Mon.) 00:27:27
玄関で足を滑らせてしまい、おなかをぶつけてしまった。
足元を見ると、少し出血していて、心臓が止まりそうになる。
エプロンのポケットに入れておいた携帯電話を握り締めた。
主人が北海道に仕事で出かけているため、部活に行っていた比呂に電話をかける。
数回かけて、やっと繋がった時に、比呂に状況を説明したら
『とにかく動くな。絶対動くな。すぐ行くから。』といって、電話をきられてしまった。
私は一人きり、冷たい玄関の上で、動くことも出来ずに比呂の帰りを待っていた。
すると玄関先で救急車の音が止まる。比呂が呼んでくれたものだった。
比呂の到着を待たないまま、私はかかりつけの産婦人科に運ばれた。
担当の先生達が、手早く処置をして下さって、おなかの子は、何とか無事だったけれど、
少しでも自分で動いていたら、流産していたかもしれないといわれた。
ストレッチャーに寝かされたまま私は診察室から出る。廊下には比呂がいてくれた。
今にも泣きそうな比呂の顔。そのまま私は入院となった。
病室に着くと、簡単に病状の説明を先生が比呂にして、そして、私達は2人きりになる。
ベッドの脇に、よろよろと、座り込んでしまう比呂。
私は比呂を見て安心をして、こらえていた涙をぼろぼろ流した。
よかった・・・。おなかの子が死なないでよかった。目の前で泣いている比呂の髪を撫でる。
しばらくして、冷静になった私は、まだぐずぐず泣いてる比呂にきいた。
『・・うごくなって・・いってくれたでしょ?なんでわかったの?そういうことを。』
『・・・・・。』
『救急車・・よんでくれたでしょ?ありがとう。』
『小さい頃、調子悪いと・・母親に・・・救急車の呼びかた書いた紙を渡されて・・・』
『・・・。』
『そのこと思い出して・・・とっさに・・。』
・・・・胸が締め付けられる。
『ほんと俺・・・どうしていいのかわかんなかった・・。頭まっしろで・・。
救急車呼んで・・病院ついて・・・下の受付で聞いたら・・・
患者さんとはどういう関係ですかって聞かれて・・・
うまく説明できなかったら・・面会時間に来てくださいって・・言われて・・・。』
『・・・比呂・・。』
『・・そしたら別の人が・・おばちゃんのカルテを見てくれて・・・
家族構成とか調べてくれて・・やっと入れてもらえたんだ・・。
そしたらちょうど・・おばちゃんが診察室から出てきた。
俺・・ほんと・・なんもできなくて・・・なんか・・・・。』
・・・・そんなことないのに。
私はそう思ったけど、どう声をかけていいのかわからない。
あなたが動くなって言ってくれたから、動揺しきっていたあの状況で、私はじっとしていられた。
あなたが帰ってくるとおもったから、待つことに集中を出来た。
あなたが救急車を呼んでくれたから、私とおなかの子はたすかったの。
私は比呂の髪を撫でながら、おなかの子に、こういった。
『おにいちゃんが・・たすけてくれたね・・。』
比呂は、驚いたような顔で私を見た。目にはまだ涙がたくさんたまっている。
本当だよ?比呂がたすけてくれたんだよ?
まだまだ高校一年生で、比呂だって子供なのに・・・・救急車を呼んでくれて、
私を安心させてくれて、部活の格好のまま急いで駆けつけてくれたんでしょ?
比呂が守ってくれた命だよ?
片手に携帯電話。スリッパもはかないで靴下のまま。
すこししたら、比呂の部活の顧問の先生と、佐伯君たちが病院に来てくれた。
そのときには面会時間になってたので、なんとかすんなり入り口を通してもらえたようだ。
比呂は、携帯以外何も持たず、荷物も靴も、着替えもそのままで
バスケットシューズをはいたまま、自転車にのって、病院に直行してくれたようだった。
学校のお友達に囲まれて、恥ずかしそうな比呂は
その後、一旦家に帰って、ご近所の方たちにお詫びを言ってから、
私の荷物をもって、病院に来てくれた。
夜遅く、主人が病院にやってきて、先生から詳しく状況を聞く。
先生が出て行った後、安心したのか、主人も泣いた。
比呂が気を使ってくれて、待合室の自動販売機に飲み物を買いに行くといって
部屋から静かにでていってしまう。
主人が余りに泣いているから『そんなに泣かないで?』というと、
主人は私の手を両手で握り、私に泣きながら言ったのだ。
『比呂の部屋に・・・・出産関係の本が・・何冊もあったんだ。
この間・・あの子の帰りが遅かったろ?その時部屋に入ってみたら・・
ベッドの枕元に、何冊も置いてあってね。』
『・・・。』
『きっと何度も読んだんだと思う。時々折り目がついていてね。』
『・・・。』
『僕は・・とても嬉しかったんだけどね・・・でも・・自分が彼の小さい頃に・・
あれだけ寂しい思いをさせてた事を思いだしてね・・。』
『・・・・。』
『・・これからでも・・比呂を幸せにできるのかなあ・・。』
泣きじゃくる主人。この人も、この人なりの罪悪感を抱えて今を必死に生きている。
私は何も言わないでおいた。
それは主人が、自分で答えを見つけることだと思ったから。
比呂が、部屋に戻ってくる。主人には、いつも飲んでいるコーヒー。
私には、最近よく飲んでいるジュースを買ってきてくれた。
よく見ているのね。この子は。何も言わずにこの子はいつも、色々なことを気づかっている。
気なんて使わなくていいのに。家族の会話の輪のなかには、アナタもいて当然なのよ。
なのに、比呂はいつもそっと席を立つ。
家族旅行に行きたいねって夕食の時に私が主人に話したとき・・
主人が楽しそうに撮影でいったことのある場所のことを話していたら
ふふって作り笑いを浮かべて、そっと比呂は席を立った。
家族旅行の話に自分は関係ないと思ったのだろう。
私と主人だけで行く旅行の話をしているんだろうなって・・
きっとあの時の比呂はそう判断したんだと思う。
そんなことばかりだった。楽しい未来の話をしているとき・・
いつも比呂はそっと席を立って、自分の部屋に戻ってしまうのだ。
だけど今日は、家族三人で・・・比呂も一緒におなかの赤ちゃんの無事を喜ぶ。
いつもよりも、比呂は口数が多くて・・そして私や主人のそばにずっといてくれた。
時々私のお腹をさする。お腹のあかちゃんに話しかけることはしないけど・・
でもじっと・・お腹を見つめて・・涙ぐんだりしてくれるのだ。
主人はずっと泣いていた。比呂の背中を見ながらグズグズと泣いていて
そんな主人を見て比呂が、『おじちゃん。泣き過ぎ。』って軽く笑った。
比呂。
おじちゃんの流している涙はね
あなたへの想いがつまった涙なんだよ。