『なんもない。』
寝たらすぐに明日になっちゃうのに、眠くなってるから嫌になる。
比呂に電話したらでなくって、店にかけたらハルカさんが電話にでて、
明日朝イチで、急な出荷があって・・・得意先のデパートさんに、
寄せ植え10セット頼まれたらしくて、いつもそういうのは比呂のセンスに任せてるから
今急いでその作業を、比呂中心になってやってるんだって。
俺も行くって言ったんだけど、夜遅いからいいって言われた。
役立たず。俺のあほ。
比呂はきっと、明日の浅井の見送りのために頑張ってるんだと思う。
浅井がこの町にいる最後の夜。ゆっくり話をしたかったんだろうにな・・。
でも、比呂らしい・・。
・・・っていうか、
そうやってみんなが大変な時に、こんな風にへこたれているとこが、
悲しいくらいに俺らしいな・・・。
俺、浅井に嘘いっちゃった。本当はおれ、デコポン大好きなのに、
あんま好きじゃないみたいなことをいっちゃった・・・。最悪・・・。
言い直すくらいなら言わなければよかった・・・。
浅井・・ほんとに引っ越しちゃうのかなあ・・。
嘘みたいっていうか・・嘘だったらいいのに・・
夢だったらいいのに・・・ギャグだったらいいのに・・。
今日、バイト帰りにのど乾いたから、スーパー寄ったらデコポンがうまそうで
こないだ讃岐うどんを浅井んちで食ったときに、あいつはすごくうまそうに
でこぽん食ってたのを思い出して、そんで8つも買ったんだよね。
一緒に食べながら話そうと思って。
で、浅井の住んでる社宅について、あいつんち玄関の前までいったんだけど
そしたらおじさんの声が中から聞こえてきてさ・・・
おじけづいて、呼び鈴鳴らせないまま、階段おりちゃって・・・
でも、なんか諦めがつかなくて、そのままぼんやりしてたら
偶然浅井がベランダに出てきて、俺見つけてくれたから良かったんだけど・・・
一緒に食べようって言えなかった。ノドまでその言葉がでてるんだけど、
言えなかった・・。悔しくて泣いた。
俺は結局そうやって・・・後悔してばっかなんだな・・
って思ってたら今、比呂から電話があった。
『ごめんなー。今終わった。どうした。なんかあったんだろ?』だって。
そんな優しい声で話さないでよ。俺もう、わんわん泣いちゃったよ。
事の詳細を話したら、比呂はちょっとだけ黙ったあと
『ユッキー、変わったねー。』っていわれた。
『前はさー、思ってても行動に全然移せなかったのに。』だって・・・。
『でも、一緒に食おうっていえなかったよ。』
『だけどさー・・、前のお前だったら、一緒に食いたいって思っても、
買わずに帰ってたと思うよ。でこぽん。』
『・・・。』
『しかも、会えるまで待ってたんだろ?』
『・・・うん。』
『・・・すごいことなんじゃないの?それは。』
『・・・・・・・うん・・。』
比呂がふ〜って、息を吐いてる。
『煙草?』俺は聞く。比呂は少しだけ間を置いたあと
『違うよ。』といって、また息を吐いた。
俺は煙草は吸わないから、煙草を吸うあいつの気持ちはわからない。
できれば吸わないでほしいと思う。でもあいつはそれをやめない。
俺の前では殆んど吸わないし、『吸った?』と聞いても『吸ってない。』とか言ったりする。
俺のためについてくれる嘘を、ちゃんと自分の責任で
最後までつき通せる比呂は、やっぱり男らしいと思う。
俺はちっぽけだなあと痛感した。
『比呂・・・。』
『なに?』
『俺、浅井に嘘ついちゃったじゃん。』
『・・デコポンそんなに好きじゃないみたいな話?』
『うん。』
『謝った方がいいかなあ・・。』
『・・・そんなのどうでもいいんじゃねえの?』
『どうでもいいなんて・・そんな・・。』
『・・・那央。』
呼び捨てにされて思わず黙る。
『・・なーおちゃん。』優しい声。なんだよもー・・。
『バカ比呂。』
『・・ふふ。』
『・・・。』
『ごめん。言い方悪かった。』
『・・別にいい。』
『・・・あのさ、那央。』
『・・・。』
『俺が思うに、お前の言いたかった事の一番大事な部分は、ちゃんと浅井に届いてると思うよ?』
『・・一番大事な・・?』
『うん・・・。』
『そうかな・・・。』
『そう思う。』
『・・・・。』
『でも、そんなにお前がデコポンの好き嫌いについて、あいつに謝りたいんなら、明日謝ったらいいと思うけど。』
『・・・。』
『・・・・浅井きっと、笑うと思うけど。』
『・・ふふっ・・。』
『・・・ふふ。』
は〜・・・・ありがと。さんきゅー。
『比呂。』
『うん?』
『今まだ店?』
『うん。これから帰る。』
『夜遅くなっちゃったね。』
『大丈夫だよ。』
『お疲れ様。』
『あはは。さんきゅー。』
『明日・・一緒に見送り行こうね。』
『・・・・・ああ。うん。』
比呂の声を聞いた俺は、なんかすごく安心をした。
・・・・それでも朝は来てしまうし・・・・
明日の今頃、もう浅井は光が丘にいない。
でも数年後、浅井はもしかしたらここに戻ってきてくれて
ずっと一緒にいられるかもしれない。人生がここで終わるわけじゃないんだよな。
眠いから寝よう。・・・比呂の声も聞けた。精一杯浅井のこと考えて、夢で浅井に色々話そう。
今まで話せなかったこと、一晩かけてゆっくり話そう。
夢の中で予行練習して・・・その中の一端でもいいから、明日直接浅井に伝えたい。
絶対頑張る。おやすみ。
2007/03/29(木) 00:25:47