すっごい。 学校でやっちゃって、その反動か家に帰ったらなんか寂しくて、 姪っ子抱っこしてもやっぱ駄目で、そんで結局店に行っちゃった。 比呂があがる時間を狙っていったら、 『もう上(スタッフルーム)に上がったよー』って 秋山さんが教えてくれたんで、軽くお辞儀して俺も階段を駆け上がった。 スタッフルームのドアを、そっと開けたら、比呂が 疲れたような顔をして、ぼんやりと煙草を吸っていた。 『比呂』 と声をかけると、煙草を持つ手が、少しびくっとして 『わ・・。どうしたー・・。こんな遅くに。』 という。そんで、すぐに煙草をもみ消した。 いいのに。そんなに気を使わなくても。 歩み寄ってきた比呂は、俺を抱き寄せて、ちゅっとする。 そんでまた、ぎゅっとする。やっぱいつもとは、ちょっと違うのかな。 どんな比呂でも、俺は好きだけど。 もいっかいだけ、ちゅっとしたら、比呂が俺の髪を撫でてくれて 『来たばっか?一緒に帰る?』といってくれたから、俺は頷いた。 春の癖して、真冬みたいにつめたい空気。 雲が大目の空。でも時々星。 比呂に送って欲しいから、ちゃんと店まで歩いてきた。 だから比呂の自転車のケツにまたがって夜風を斬りながら走る。 時計はもうすぐ23時。このまま、まっすぐ家にいっちゃうのかな。 そんな不安を握りつぶしたくて、比呂の腰にぎゅーっとだきついた。 すると、比呂が、バイト帰りのいつもの別れ道で俺んち方面へは曲がらず、比呂んち方向に向かって走り出した。 『え・・・?比呂んちいくの?』 『違うよ。でも、ちょっとだけ・・。』 なんだろ?でも、すんなり家に送ってかれるような最悪事態は避けられた。 俺は安心して比呂の背中に、頬を預けて昼休みに俺を抱いてくれた 比呂の体の感触を、ぬくぬく思い出して、ときめいていた。 そしたら、比呂の自転車がとまる。 普通の住宅街の、自動販売機の前。 『見てみな。』と言う比呂。俺は自販機を見る。 あ・・・。あーーー!! 『うそ!ここまだ、おしるこおいてある!!』 比呂が、ふふっとわらって、ケツポケットから財布取り出して 金入れて、ボタンをガンッっておして、出てきたお汁粉を取り出して 『どうぞ。』って俺に渡してくれた。 ・・あったかい・・。 自転車はまた走り出す。 『こないだー・・帰りに、ここ通りかかったら まだ汁粉が置いてあってさー、次にお前とここを 通ることがあるまで、残ってたらいいなーと思ってたんだ。』 『・・。』 『まだあった。よかった。』 緩やかな下り坂。比呂の背骨を布越しに感じる。 しんどいことを、ちゃんとがんばって、受け止めて耐えて 育ってきた比呂。その背中は、すごくすごく大きく見える。 『ありがとう・・。』 俺は、比呂と付き合い始めてから、嬉し涙率が高くなってきた。 俺のお礼の言葉に、返事はなかったけど、比呂が左手を後ろに回してきて、俺の髪を、ぽんぽんって触った。 素直に感動してしまった。 俺達だけが幸せな気がして。 住宅街を抜けたら景色が開けてきた。 星空と真っ黒な雲と、それでもきらきらと光る海。 比呂が、自転車を降りたから、俺も自転車から降りた。 ガードレールに腰掛ける。比呂が俺の手からお汁粉の缶をそっととると、 2〜3回降って蓋をあけてくれた。で、俺に手渡してくれる。 俺は、ごくりとそれを飲んだ。 ぬくもりがのどを通って、体の中に染み込んでく感じだった。 『ごめんな。今日。体大丈夫?』 『え?・・あっは。大丈夫だよ。』 『・・・・。』 『・・・・うれしかったし。』 『・・・ふふっ。』 『・・・気持ちよかったし。』 比呂が、そんなことを言うおれの頬に、 ぐーでへにゃちょこぱんちしてきた。 あはは。てれてんの?! 比呂はずっと、にこにこしている。 『・・ねえ。』 俺は、ずっときけずにいたことを思い出して、話しかける。 『なに?』 『前にさー・・・比呂がさ・・うたったことのある曲で。』 『うん。』 『俺、すごい気になった曲があるんだけど・・・、CDあったら貸して欲しい。』 『え?だれの?』 『ごめ・・。』 『ごめ?』 『ゴメス・・・。』 『・・・GOMES THE HITMAN?』 『あ、そうだ!そうそう!』 『えー?なんて曲ー?』 『前にほら、浅井が泣いた曲だよ。』 『は?!そんなことあった?』 『いい曲だな〜って。』 『ああ・・・えーと・・星に輪ゴムを・・じゃね?』 『あ、そうかもー・・・。どんな曲だっけ・・。』 『えー・・と・・』 比呂は、ちょっとかすれた声で その曲を歌いだした。 音楽はない、風の音と、遠くに広がる生活音と、たまに通る車のタイヤが軋む音。 俺はお汁粉をちみちみ飲みながら、比呂の歌声をただただ聴いた。 たまにする息継ぎの比呂の呼吸音が、すごく愛しい。 ちらっと比呂を横目で見ると、前髪に隠れて目元が見えない横顔。 すごい好き。 すっごいすき。 体も心も全部満たされたーー。 2007/04/18(水) 00:19:38 |
|||
NEXT |