Date 2006 ・ 08 ・ 28
笑った顔がやっぱ一番好きだとおもう
麦の選抜大会も無事終わり、今日から普通にバイトをこなす。
俺も比呂も、朝から夕方の勤務で、飯時がバイトの上がり時間だったから、一緒に飯を食うことにした。
話してるうちに、いつものラーメン屋の前について、店はまだやってるっぽいから、
入ろうかなって思ったんだけど、比呂が俺のひじをひっぱって『他のとこにしようよ。』という。
だからもうちょい歩いて、なじみの定食屋にはいって、それぞれの定番を頼んだ。
『アンガールズ、がんばったよねー。』そんな話で盛り上がる。
今日はバイト先のディスプレイのテレビでずっと24TV流してて
仕事が落ち着くと、テレビに釘付けで、なんか色々考えさせられた。
飯がくる前、俺はふと、思いついて比呂にきいた。『比呂はさあ、長距離はやってなかったの?』
比呂は、携帯をいたずらしてたんだけど、それをしまって俺の問いかけに答えてくれた。
『最初は長距離だったよ。』
『・・・まじで?』
『うん。でも、途中で短距離にうつって、そっちのほうが向いてるっぽいから、陸上やめるまでは、ずっと短距離。』
『でもさ、走り高跳びも上手だよね。』
『ああ・・。椿平って、人少ないじゃん。だからさ、選手足りない時は補充で、他の種目もでないといけなくてさ。』
『で、走り高跳び?』
『うん。俺はメインは短距離で、一応高飛びもやってたかんじ。』
『そう・・。』
飯が届く。いうまでもないが、比呂がから揚げで、俺がエビフライ。だっておいしいんだもん!
ここの定食屋ではついに、『いつものやつで』で通るようになった。
割り箸をぱきんと割って、飯食いながら俺はまたきく。
『なんで陸上やめたの?今もじゅうぶん早いのに。』
比呂は、漬物をぽりぽりくって、飲み込んだあと、俺に話す。
『・・なんか・・ほら・・。俺、中三で引っ越したじゃん?それで、気が抜けちゃったんだよね。
丁度その頃背が一気に伸びてさ、体のバランスもおかしくなってタイム伸びないし、成長痛が結構ひどくてさ。』
『成長痛?』
『うん。まあ、そういう理由。』
付け合せのキャベツに、醤油をかけながら比呂がいう。俺は白飯をかきこんで、もぐもぐかんで飲み込んだ。
『でもさ、なんで高校で陸上はいんなかったの? 』
『・・・?』
『俺ら高校、バスケ名門じゃん。スタメンはいるの大変なバスケにさ、なんでお前みたいなのがはいったのかなって。』
『おれみたいなの?』
『うん。だって、陸上入ればすぐ試合でれるじゃん。選手で活躍できると思うし、体育祭でもぶっちぎりだったじゃん。』
もぐもぐと、キャベツをかみながら、話をする俺を見つめる比呂。
『1から始めるにはさ、うちの高校じゃ、レベル高いじゃん。バスケ。』
『うん。』
『俺はほら、中学の時の野球に飽きてたからあれだけど、比呂は走るの好きなんだろ?だからどうしてかなっと思って。』
比呂は食ってたキャベツのみこんで、茶をすすりながら、考えている。
そんで今度は、から揚げを、箸でつかんで、口に放り込むと、もぐもぐと食って、そして話し出す。
『俺、陸上が楽しかったのって、父さんが生きてた時までだったんだー・・。』
『・・え?』
『父さんが死んだら走るのが苦痛で、だから逃げたのかも・・』
『・・でも比呂・・今も走るの好きなんじゃん・・・』
ごくんと比呂が、から揚げを飲み込む。
『好きだよ。走ることは大好きなんだよ。気持ちいいし、性格にも合ってると思うし。』
『ならなんで?』
『・・多分、記録伸ばしたい理由がなくなったからかな・・・』
『・・・。』
『父さんめちゃくちゃ忙しい人だったんだけど、大会は必ず見に来てくれて、嬉しいから
記録出るように頑張ろうって思って走ってた。選手でいれば見に来てくれるってのもあったし。』
俺は、箸を止めて、比呂の話を聞く。
『でも、父さんが死んだら、ゴールの向こうに待ってる人がいないじゃん。
走る意味が無くなったから、張り合いも無くなって・・・』
『うん』
比呂は箸をおいて、水の入ったコップを持つ。
『それでもなんとか頑張って、何回かは新記録を出したけど、父さんは死んでるから喜べないじゃん。
でも、俺の周りの人間が、勝手に喜んで俺をほめるだろ?』
『・・・・。』
『俺、それが嫌だったんだ。・・あんたらのために頑張ったんじゃねえのに・・とかさ。』
『・・・・。』
『とにかく、理屈っぽかったんだよ。今の俺だったら、やめずにいられたかもしれないけど、
あの頃の俺は、本当にしょうがなかったんだ。それにさ、』
『それに?』
『ゴールの向こうに父さんがいないってのを、走るたびに思い知らされる‥それが本当につらかった。
もういないことを一番意識させられる場所が大会のゴールだったから・・・・。』
比呂がコップの水をごくりと飲む。
『・・・・家でもひとり、彼女もいなくなって、そのうえ部活が短距離選手じゃ
俺本当に、どこにいても一人っきりじゃんっておもってさあ。』
『・・・比呂・・。』
比呂がコップをかたりと置く。
『いや、あのね、そんなの間違ってるんだけどね。何やってたって一人きりだったことなんてなかったし。
でもね、あのときの俺は、もうね、それしか思えなかったんだよ。反抗期だったのかもしれない。』
『・・・・。』
『ごめんな?飯がまずくなるような話して。』
『ううん。全然そんなことないよ。』
比呂は飯を食いながら
『ほんと俺って、あれなんだよー・・。逃げ腰?ってやつなんだよ。』
俺はおもった。
逃げ腰ってのは違うよって。
比呂はいつも逃げないから、壁にド派手にぶつかるんじゃん。
しかもその壁は、俺らがぶち当たる壁よりずっと大きくて頑固でさ・・むしろ逃げに走って欲しいよ。
だってそんな生き方をしてたら、壁にぶつかり続けた疲れや傷が体中埋め尽くして
立っていられなくなっちゃうもんよ。
そんなのすげえ、悲しいじゃん。
俺は、そこまではっきりと、心の中で比呂に言うのだけど
口に出すとなんか、この純粋な思いが汚れてしまう気がして
だから、比呂にはにこりとわらって
『逃げ足早そうだもんね、比呂は。ビューンってね。』といった。
比呂は笑った。
そのあとは、麦Tシャツのことについて、げらげら笑いながら話をした。
そんで、食い終わって、金払って、外に出たら夜風が、すげえ気持ちよかった。
俺はチャリの鍵を開けながら比呂に『なんでラーメン屋、いきたくなかったの?』ときく。
すると比呂は自転車にまたがって、にこりと笑うんだ。すげえかわいい顔で。
『ちょっと話がしたくってさ。ラーメン屋だと、話できねえじゃん。』
・・・ああ・・・。俺こいつのこういう笑い方好き。
『話しあったの?わり?俺が、話題ふっちゃったから。』
『いやいやいや。別段用件はなかったんだ。ただ話をしたかっただけ。』
『?』
『会話をね・・したかっただけ。』
俺はそれきいたら、照れちゃって、比呂のチャリをけとばしまくったよ。
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